触媒固定化設計チーム

第13回 触媒化学融合研究センター 濵田秀昭招聘研究員

『ディーゼル排ガス浄化触媒の開発で、数々のブレークスルーを実現』

【C1化学プロジェクトへの参加が、研究者として飛躍する契機に】

研究者の道に進んだ経緯を教えてください。

小学生の頃は、星について調べるのが好きな天文少年でした。ほかにも理系全般に興味があり、自然な流れで高校、大学とも理系に進みました。東京大学で有機化学の研究室に所属し、卒業研究のテーマは、新しい有機合成の反応機構を解析すること。大学院修士課程の2年間も同じテーマで研究を続けました。

博士課程への進学か就職かを検討する中で、東京工業試験所(後の産総研)という国の研究機関があることを知り、入所させていただきました。最初の5年間は上司から与えられた研究テーマに取り組み、博士号を取得するための論文を多く書きました。ただ正直なところ、まだ化学の面白さを実感するところまでは至っていなかったと思います。
1.濱田

 

 

 

その後、転機が訪れたのですか?  

入所5年目に研究所が東京からつくばへ移転し、それを機に研究テーマが変わったことが転機となりました。背景には、1973年の第一次石油ショックがあります。石油輸出国が供給を大幅に制限し、石油に頼って生きていた日本は大変な危機に直面しました。そこで国家プロジェクトにより、C1(シー・ワン)化学による基礎化学品の製造法を開発することになりました。

C1とはカーボン(C)が1つということで、主に一酸化炭素(CO)を意味します。通常、石油化学は石油から基礎化学品を作り、それを使ってさまざまな製品を生産します。その石油に替わり、天然ガスや石炭などの炭素資源から一酸化炭素と水素(H2)の合成ガスを作り、それをベースに基礎化学品を作ろうという取り組みです。

C1化学プロジェクトは、当研究所のほか企業約15社、1財団法人が参加し、期間も8年間に渡る大規模なものです。3か月に1回研究者が一堂に会するグループ間ミーティングが開かれるのですが、どの研究者も熱意にあふれ、けんか腰で議論を戦わせていました。私自身とても刺激を受けましたし、多様な研究内容を知ることで研究者としても成長できたように思います。そして、研究を職業とするからには、世の中の役に立つことをしなければいけないと身に染みて感じました

研究者として大きな刺激を受けたのですね。

C1化学プロジェクトの終盤に、アメリカのスタンフォード大学に1年間留学の機会をいただいたのも大きかったですね。固体触媒研究で世界的に著名なBoudart教授の研究室に所属しました。世界中から集まってきた大学教授や大学院生と一緒に研究をする中で、新しい研究手法を身につけ、重点を見極める目を養うことができました。同時に、「自分で積極的に働きかけて研究を進めなければならない」という意識が非常に強くなりました。

2.濱田
夢の触媒反応と呼ばれる「一酸化窒素の直接分解」に挑む

帰国後はどのような研究をしたのですか?

新しい研究テーマとして、当時問題になっていた自動車排ガスによる大気汚染に着目しました。すでにガソリン車については排ガス浄化触媒が開発されていましたが、1980年代後半になってもディーゼル車は汚れた排ガスをほぼ垂れ流しており、とくに窒素酸化物(NOx)による汚染がひどい状況でした。そこで、一酸化炭素(CO)の次は一酸化窒素(NO)の研究をしようと決めたのです。

ディーゼル排ガス中の窒素酸化物除去触媒の開発を提案したところ、環境庁(現環境省)と通産省資源エネルギー庁の両方から予算をいただけることになり、石油産業活性化センター(PEC)の新シーズ研究としてコスモ石油との共同研究プロジェクトがスタートしました。

どのような手法で排ガスを浄化しようとしたのですか?

最初に取り組んだのは、一酸化窒素の直接分解です。これは、触媒を使って一酸化窒素を窒素ガス(N2)と酸素ガス(O2)に分解するもので、夢の触媒反応とも呼ばれています。その考え方は19世紀からあったのですが、21世紀の今でも成功していません。私たちも2、3年果敢に挑戦し、学術的な成果は得られたものの、残念ながら結果的に実用性の面では成功に至りませんでした。

【炭化水素を還元剤とした選択還元反応の研究で、アルミナ触媒を発見】

夢の触媒に挑戦した後、今度はどのようなアプローチをしたのですか?

それから約3年後にブレークスルーに至ることになりますが、きっかけは岩本正和先生(当時宮崎大学教授)が、銅ゼオライト(Cu-ZSM-5)による一酸化窒素除去反応(炭化水素を還元剤とした選択還元反応)を発表されたことです。昔から、酸素のないところで一酸化窒素(NO)と炭化水素(CnHm)を反応させると、一酸化窒素は窒素ガス(N2)に、炭化水素は水(H2O)と二酸化炭素(CO2)になることは知られていました。岩本先生は、銅ゼオライトを触媒として使えば、酸素中でもこの反応がうまくいくという画期的な発見をされたわけです。

これを受けて、私たちの研究グループでは実験と試行錯誤を繰り返し、銅を含まないゼオライト(HZSM-5)だけで炭化水素による選択還元反応がうまくいくことを発見しました。これは大きなブレークスルーと言えます。

3濱田

なぜブレークスルーを実現できたのでしょう?

実験方法を工夫したことが挙げられます。この反応を確認するとき、ほとんどの研究者は一酸化窒素の減少分しか見ていませんでした。私たちは、一酸化窒素が反応して本当に窒素ガスに変わっているかどうか、確実に分析できる実験装置を作って分析しました。これにより、ゼオライト触媒で反応がきちんと起きていることを証明できました。

炭化水素による選択還元反応の研究は、さらに発展したのですか?

銅を含まないゼオライトで反応が進むことから触媒の固体酸性が有効な活性サイトではないかと推定し、続いてゼオライト以外のグループも調べてみたところ、非常に普遍的な物質であるアルミナ(酸化アルミニウム)触媒でも非常にうまくいくことを発見できました。これも極めて大きなブレークスルーです。

アルミナ触媒を見出したとき、周囲の反応は?

朝日新聞への掲載や学会発表で非常に注目され、その後NEDOの計らいでヨーロッパ中の大学や企業の研究所を講演して回りました。ヨーロッパでも反響が大きかったですね。ただ残念なのは、実用化に至らなかったことです。日本は、自動車排ガス浄化技術、特に窒素酸化物除去触媒の研究は世界で一番進んでいます。しかし、新しいものを発見するのは得意でも、実用化に向けて地道に追求していくのはあまり得意ではないのかもしれません。
  とはいえ、このプロジェクトではコスモ石油及びヤンマーディーゼルと共同で、定置式ディーゼルエンジンの排ガスをアルミナ触媒で処理する実用システムを作ることができました。

4.濱田

新しい選択還元反応がディーゼル車に実用化される見通しは?

尿素による選択還元反応は、日本の大型ディーゼル車ですでに実用化されています。尿素を還元剤として車に積み、尿素を分解させてできるアンモニア(NH3)と排ガス中の窒素酸化物を反応させて、窒素ガスと水にする。これが、今一番性能の良い排ガス浄化触媒です。

5.濱田

しかし原理的には、炭化水素による選択還元反応の方がよほど優れています。なぜなら、燃料は炭化水素なので、燃料そのものを還元剤として使えるので尿素をわざわざ車に積む必要がありません。ですから反応の性能がもっと良くなれば、炭化水素にシフトしていくことになるでしょう。今、自動車会社や触媒会社で研究が続けられています。

世の中でディーゼル車が必要とされる理由は?

最近は電気自動車や燃料電池車、ハイブリッド車など次世代自動車が次々と登場していますが、やはり物資の輸送となると大型ディーゼル車にはかないません。大型ディーゼル車が物流を担う時代は今後も続くでしょう。

ディーゼル車はガソリン車よりも燃費が良く、二酸化炭素(CO2)も削減できます。ヨーロッパでディーゼル乗用車が普及しているのは、そういう理由もあります。
日本でも自動車会社が中心となって組合を作り、ディーゼル乗用車を普及させようという動きが活発になってきました。
日本でクリーンディーゼル車がどんどん普及し、地球温暖化防止に貢献してくれるとうれしいですね。

【ディーゼル排ガス浄化に使われる白金族触媒の50%削減に成功】

その後も、窒素酸化物除去触媒を主要テーマとしてきたのですか?

2000年代に入ってからは主にプロジェクトの指導などをしていますが、窒素酸化物除去触媒の研究にはつい最近まで関わっていました。
その中で、イリジウム系の触媒を使い、炭化水素ではなく一酸化炭素を還元剤とした選択還元反応もうまくいくことを発見しました。実用性能には達していませんが、学術的には非常に大きな意味のある発見です。

次に、最近指導したプロジェクトについて教えてください。

レアメタルなどの資源・エネルギー問題を背景とするNEDOの「希少金属代替材料開発プロジェクト」において、「ディーゼル排ガス浄化触媒の白金族使用量低減化技術の開発(2009年〜2013年度)」のテーマリーダーを務めました。

そもそも排ガス浄化触媒は、ガソリン車は三元触媒を1つ付ければすむのですが、ディーゼル車の場合は酸化触媒、粒子状物質フィルター、選択還元触媒の3段構えとなっています。そのうち最初の2つに白金族金属が使われていますが、白金族の生産地はロシアと南アフリカに限られているため、何らかの原因で安定した供給が断たれると大問題となってしまいます。そこで、白金族の使用量を50%削減する目標を立てました。

50%削減という高い目標を、どのようにして達成したのですか?

産総研では、白金族の構造や、白金族を載せている触媒担体の構造、触媒の調製技術などをいろいろと工夫し、白金族を減らしても性能を維持できる触媒を開発しました。ポイントは、触媒担体の上に白金族ナノ粒子をできるだけ細かくかつ安定に担持できる調製技術を開発したことです。
 一方、参加企業には粒子状物質フィルターを担当していただき、白金族に替わる銀触媒の開発に成功しました。
 この2つの要素技術を併せて、白金族の50%削減を達成しています。実は最終年度になっても目標値に届かず、ようやく白金族ナノ粒子の担持技術ができたのは8月頃。ギリギリでの成功でした。

6.濱田


研究を成功に導くために必要なものは?

一番大事なのは、トライすることです。とくに化学の分野は、実際に実験をしてみないと分からないことが多い。頭で考えているだけでなく、挑戦しなければだめです。
  もう一つは、「細心の注意を払って実験し、確実に正しい結果だけを発表する」ということです。もし実験結果が間違っていたら、考えが間違った方向に行ってしまいます。とくに画期的な発見ほど、確実に結果を抑えてから発表しないと大変なことになります。私たちがアルミナ触媒の発見に自信が持てたのも、反応から出てきた窒素ガスをきちんと分析していたからです。
濱田7


【社会を支える触媒開発に、固体触媒の知見を役立てたい】

濵田さんは触媒学会の会長をされていますが、学会の主な活動を教えてください。

触媒学会は個人会員約2500名、企業会員113社を擁し、機関誌の発行、年2回の触媒討論会(学会)、表彰活動、講演会など多彩な活動をしています。
とくに秋の触媒討論会には毎回約1,000名が参加し、活発な議論を繰り広げています。また、触媒の大切さを社会に発信するため、子どもや学生、一般の方に向けた教育・普及活動にも力を入れています。

自動車の排ガス浄化に限らず、触媒は社会になくてはならないものですね。

世の中の化学品は、触媒なしでは絶対に作れません。石油精製のプロセスも触媒がなければできませんし、基礎化学品からさまざまな化学品を製造する段階でも触媒が必要です。化石資源をベースとした社会システムにおいて触媒は極めて重要であり、世の中を変える力を持っています。

今後、挑戦したいことは何ですか?

触媒化学融合研究センターは、これまで均一系触媒の研究が中心でしたが、今後は固体触媒、生体触媒などに範囲を広げていくとのことですので、私の専門とする固体触媒で何かお役に立てればと思っています。固体触媒の複雑な反応機構を解析するうえで均一系触媒の知識を取り入れるメリットもありますので、ぜひ融合して研究したいと考えています。

夢の触媒である「一酸化窒素の直接分解」への期待も持ち続けていますか?

私がもっと若ければ自分で実験したいような(笑)、非常に難しいけれど本当に面白いテーマだと思います。
とにかくチャレンジしなければ結果は出ません。触媒化学融合研究センターには優秀な研究者が揃っていますので、
ぜひ狙ってみていただければと思います。

(聞き手・文=太田恵子)