触媒固定化設計チーム

第18回 ヘテロ原子化学チーム 吉村 彩研究員

『へテロ原子の持つ多様な特性に迫り、より良い材料を創る』

【仲間と研究を楽しんだ大学時代、希土類金属からポリシランを合成】

科学への興味が芽生えたのはいつ頃ですか?

あまりよく覚えていません(笑)。幼い頃はビーズ遊びをしたり、小学生の頃は昆虫を捕まえたりと、ごく普通の子どもでした。写真-吉村1中高一貫の私立女子校に入学し、高校で理系と文系に分かれる時に理系を選択しました。当時、生徒の7割程が理系に進む学校でしたので、文系に進む自分がイメージできず、理系にしたというのが正直なところです。

高校で化学を教えてくれたのは、とても優しい女性の先生でした。1つ思い出があります。ある日、家の中に蟻の大群が侵入し、それを排除するため庭に砂糖を置いて蟻を集めようとしました。その時、ダイエット用甘味料も並べて置いたのですが、そちらには蟻が全然集まらない。私はすごい発見をした気になって先生に報告したら、とても喜んでくださいました。その対応が嬉しくて、強く印象に刻まれています。今振り返ると、科学に親しみやすいよう導いてくれた先生だったと思います。

  •  大学に進学し、科学への興味は深まりましたか?

 

大学は、大阪府立大学工学部応用化学科に入学しました。工学部を選んだのは、理学部よりも応用に近いイメージを持っていたからです。

化学の面白さを実感できたのは、大学4年生で有機合成化学の小川研究室に所属してからです。小川昭弥先生はとても穏やかで、親身になって話を聞いてくださいますし、先輩方も良い方ばかり。最初は論文の読み方や検索の仕方から先輩方に全部教えていただき、英語の論文を一生懸命に読み込むうちにだんだん研究が楽しくなっていきました。

  •  小川研究室では、どのような研究テーマに取り組んだのですか?

 

最初に取り組んだのは希土類金属(*1)からポリシラン(*2)を合成する研究で、ポスドクの先輩のお手伝いで参加しました。一般的にはナトリウム金属を用いてポリシランを合成しますが、それだと危険性があるうえ、分子量が統一されないなどの欠点があります。それを改善しようと、希土類金属の中でも高い一電子能を有するヨウ化サマリウム(SmI2)を使い、クロロシランというケイ素化合物を還元的にカップリングさせてポリシランを合成しようと試みました。

(*1)希土類金属:ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素とスカンジウム(Sc)とイットリウム(Y)を合わせた計17元素からなるグループ。

(*2)ポリシラン: 主鎖がケイ素のみ(Si-Si結合)で構成される高分子で、電子材料や光機能材料など新規材料として期待される。

  •  大学院でも希土類金属からポリシランを合成する研究を続けたのですか?

 

そうですが、少しアプローチを変えています。希土類金属はサマリウムの他にもたくさんあり、2.吉村写真それぞれが全然異なる反応性を持っているのではないかと興味を持ったため、修士課程ではそこを掘り下げました。希土類金属はそもそも性質が似ており、反応性にも大きな違いはありませんが、それでも違う部分をいろいろと見つけることができ、論文の投稿にこぎつけました。(写真:学会発表の様子)

当時の研究室は、“みんなで楽しく夜遅くまで頑張る”という雰囲気。夜中まで実験を続けることもありましたが、自分がいかに効率の悪い実験をしていたか気付いたのは社会人になってからです。

【企業を経て再び大学院に戻り、ヘテロ原子化学に取り組む】

企業に就職してからは、どのような研究を手掛けたのですか?

修士課程を修了後、民間企業(第一工業製薬株式会社)に就職し、研究部門で4年間働きました。一番長く取り組んだのは、「有機無機ハイブリッド高屈折率材料の開発」です。これは、ゾル-ゲル反応を利用して高屈折材料を作ることを目的とした研究でしたが、研究を進めるにあたっては無機化学の知識が必要となりました。(写真:地域貢献活動の様子)3.吉村写真

そのため大阪市立工業研究所という公的研究機関と共同研究を行うこととなり、約1年半出向しました。

残念ながらこの研究は実用化に至りませんでしたが、実用化を目指した研究開発の進め方や心得を学べたことは、私にとって貴重な経験となりました。

  •  企業を退職し、再び大学院(博士後期課程)に戻ったのはなぜですか?

 

理由は大きく2つあります。実用化に向けた企業での研究を進める中でも、さまざまな元素の特性がひとつひとつの材料に効いてくることを強く感じ、基礎化学の部分で自分の勉強不足を実感したのが理由の1つです。

もう1つは、博士号を取得されている研究者の方と出会う機会が多く、私自身、今後も研究者として働き続けるのならば博士号を取得したいという思いが強くなったためです。

しかし、実際に踏み切るまでにはかなり時間がかかりました。安定した仕事と肩書を捨てて本当にいいのか、大学に戻って博士号が取れるのか、取った後に社会で通用する研究者になれるのか……、迷いに迷った末に新しい一歩を踏み出す決断をしました。

  •  博士後期課程では、どのような研究テーマに取り組んだのですか?

 

小川研究室でヘテロ原子化学の研究に取り組みました。ヘテロ原子とは、広義には炭素と水素以外の原子の総称です。そもそも小川先生はヘテロ原子化学がご専門で、その中でもイオウ(S)、セレン(Se)、テルル(Te)、リン(P)などの化合物の遷移金属触媒反応やラジカル反応を得意とされていました。当時、小川研究室としてはホウ素(B)の研究をほとんどしていなかったこともあり、私のテーマは「ホウ素化合物を用いた反応開発」に決まりました。

  •  どのような切り口でホウ素の研究をしたのですか?

 

有機ホウ素化合物は、「鈴木・宮浦カップリング反応(*3)」という非常に有名な反応の原料となるものです。そこで、安く入手できるホウ素原料を使って有機ホウ素化合物の合成に挑むことにしました。まず現状を調べてみると、ほぼすべてが遷移金属触媒を使った反応であることが分かりました。遷移金属触媒は取り出して再生利用すれば問題ありませんが、値段が高価で、生成物に混入してしまう可能性もあります。そのため遷移金属触媒を使わずに合成しようと考えました。
そこで着目したのが光反応です。光照射することでホウ素の活性種を発生させ、その活性種を利用して有機ホウ素化合物が作れるのではないかと考え、ラジカル反応を利用した新しい反応の開発に成功しました。

論文を完成させたのは、ポスドクとして産総研の触媒化学融合研究センターに来てからです。韓立彪研究チーム長からも多くのアドバイスを頂き、『Chem. Eur. J.誌』(*4)に掲載されました。

(*3)鈴木・宮浦カップリング反応:パラジウム触媒を用い、ハロゲン化アリールと有機ホウ素化合物を反応させて炭素-炭素結合を形成する。2010年ノーベル化学賞。

(*4)DOI: 10.1002/chem.201502425

 

4.吉村写真

【ポスドクとして、産総研で含リン化合物の研究をスタート】

ポスドクとして産総研に来た経緯を教えてください。

韓立彪研究チーム長と小川先生は共に大阪大学出身で、旧知の間柄だったことがきっかけで、小川先生から紹介していただきました。韓チーム長は素晴らしい実績を持つリン研究の世界的第一人者であり、まさか自分が研究チームに所属できるとは思ってもいませんでした。大変緊張しましたし、不安もありましたが、韓チーム長のもとでポスドクとして仕事ができることを大変光栄に思いました。

  •  ヘテロ原子化学チームに所属し、どのような研究テーマに取り組んだのですか?

 

リンを含むヘテロ原子化合物の合成法の開発に携わりました。具体的には、アセチレン(C2H2)のような炭素―炭素不飽和結合に対してリン官能基を付加させるという反応です。韓チーム長が共同研究をされている片山化学工業株式会社の方が、スチレン(C8H8)という化合物にリンを付加させていく反応を研究されていて、それをアセチレンへと展開しました。ホウ素の時と同じように、遷移金属触媒を使わない反応を開発しようと取り組み、塩基触媒による反応で結果を出すことができました。

  •  大学と産総研の研究環境で、違いを感じたのはどのあたりですか?

 

5.吉村写真実は、先ほどの実験を進める中で、光を使った実験 でも反応が見つかったのですが、韓チーム長から「実用化にはもっていけない」と言われて断念しました。大学では反応が見つかれば良かったのですが、産総研では常に応用を意識しなければならず、そこが大学の研究室とは大きく異なります。

一方で、大学の研究室は人が多くて装置が少なかったのですが、産総研は人が少なくて素晴らしい装置が非常に充実しており、「これを全部私が使って良いのだ」と思うと嬉しかったですね。

 

  •  ポスドクを経て、2015年10月1日から産総研の職員(研究員)になった経緯を教えてください。

 

ポスドクは1年契約のため、チャンスがあれば早い段階で職を得たいと考えていました。ちょうど産総研で職員を採用する人材募集があり、採用試験を受けることにしました。

実はその面接に向けて、佐藤一彦センター長、浅川真澄副センター長のご指導を受け、聞き手に効果的に伝えるプレゼン手法について、スライドの文字の色や大きさに至るまで、随分鍛えていただきました。厳しいトレーニングでしたが大変学ぶことが多く、今でもその時のメモを大切に残してあります。ご指導のお陰もあり、触媒化学融合研究センター「ケイ素プロジェクト」の研究員として採用していただきました。

【『ケイ素プロジェクト』で、ヘテロ原子から応用につながる研究を】

大きな国家プロジェクトの一員となり、胸に期すものは?

最初にケイ素プロジェクトについて知ったのは、ポスドクとして産総研に入る時で、「砂から有機ケイ素化合物をつくる」というインパクトのあるお話を伺い、これはすごいと思いました。日本は石油もなく資源が乏しい国ですが、ケイ素自体は存在比率がとても大きい元素で、身近にたくさんある砂をうまく利用できるようになれば日本でも資源を得ることができます。非常に意義のあるプロジェクトですので、採用していただいたからには成果を出せるように頑張ります。

  •  今までの知識や経験を活かし、どのような挑戦をしていきますか?

 

現在ケイ素プロジェクトでは、ケイ素、酸素、炭素の化合物が主に研究されています。私はヘテロ原子化学チームに所属し、これまでもヘテロ化合物を扱ってきたので、さまざまなヘテロ原子をケイ素化合物入れてみたらどうだろうと着想しました。

たとえばアルコキシシランなど、ケイ素の原料となる化合物の一部にヘテロ原子を組み込むと、ケイ素だけの化合物とは違う反応性を示すかもしれませんし、また将来製品化された時も違う機能性を持たせることができるかもしれません。それを期待して、ヘテロ原子で攻めていこうと思っています。

  •  新しい研究テーマの手応えはいかがですか?

 

ヘテロ原子を入れると言っても、ヘテロ原子を含む骨格はさまざまで、何を入れたら良いか選択するのが非常に難しいところです。また、ヘテロ原子を入れたものが、実際に従来のケイ素材料と比べて良い性能や異なる反応性が見られるかどうかも、ある程度実験してみなければ分かりません。いろいろ勉強しながら研究を進めているところです。

まず良い触媒を見つけ、それによって新しい結合をつくり、次にその反応性や性質の違いを調べ、将来的には応用につなげる。そういう構想を持って取り組んでいます。まだ成果が出ていませんので、今はとにかく頑張るのみ。大変ですがやりがいのある仕事です。

【自分の発見や成果を、対外的にもしっかり伝えられる研究者を目指す】

  •  魅力的な研究テーマに挑戦できる環境にいることを、どう感じていますか?

 

とてもありがたいと思っています。昔、ある大学の先生から「これから先、将来のことで不安になったり、研究でしんどくなったりすることが絶対にあるだろうが、研究者を目指した以上、研究をさせてもらえる環境にいることに感謝しなさい」と言われたことがありました。

いま、産総研の素晴らしい環境で研究をしていられるのは、決して私の実力ではなく多くの幸運に恵まれたからだと思っています。大学時代から今日まで多くの皆さんに助けられてきましたので、感謝しつつ研究に励もうと思います。

  •  今の目標や、研究の励みとしていることを教えてください。

 

ケイ素プロジェクトは5年任期で、その後のことはまた考えなければなりませんが、今はこのプロジェクトにいかに貢献し、いかに成果を出していくかに集中しています。そうすれば、5年後に道が開けるのではないかと思っています。また誰かのお世話になっているかもしれませんが(笑)。

また、ケイ素プロジェクトに入って、多くの研究員の方とお話しする中で、自分が将来、どういうところに気をつけて研究をしていくべきか学ぶことができました。

他にも、佐藤センター長が普段はお目にかかることのできない先生方とお話しする機会を与えてくださいます。こうした産総研でのさまざまな出会いや経験を通して、新しい研究テーマを見つけていきたいと思っています。

これから先、どのような研究者になりたいですか?

「これは私が発見した」と胸を張れるものをたくさん見つけ、対外的にもしっかりと伝えていける研究者を目指していきます。6.吉村写真
また、将来後輩ができた時にはできるだけコミュニケーションをとり、研究だけに限らず少しでもプラスになるアドバイスができるようになりたいですね。そうして、これまで私が皆さんから与えていただいたものを、次の世代に恩返ししたいと思っています。

 

 

(聞き手・文=太田恵子)