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第31回 触媒固定化設計チーム 藤田賢一主任研究員インタビュー

『デンドリマーの特徴を活かした新規触媒開発と、次世代への化学啓発活動』

【化学変化を実感できる実験教室で、子どもたちに理科的な考察の場を与える】

藤田さんは触媒開発のかたわら、化学啓発活動にも意欲的に取り組み、『化学コミュニケーション賞2017』(日本化学連合)を受賞されました(受賞題目:子どもから大人まで化学変化を実感できる実験教室)。実験教室を始めたきっかけや活動の場について教えてください。

きっかけの1つは、約10年前、小学1年生の息子にせがまれて家でできる実験を息子といっしょにしたこと。もう1つは、ちょうどその頃産総研で「小学校の実験教室」の講師募集があり、登録したことです。講師が実験をしてみせるのではなく、子どもたちでもできる実験、しかも安全に楽しく化学変化を実感できる題材を考えました。小中学校、高校や科学館での出前実験教室、保育園のイベントなど、さまざまな場で実験教室を実施しています。

実験教室の内容は?

いつもの実験教室を再現しながらご説明しましょう。

実際に「まほうのインク」を試している様子。右:藤田氏、左:筆者

「まほうのインク」と題した塗り絵実験です。まず、おばけや魚などの下絵付き画用紙全面に、茶色のヨウ素系うがい薬を筆で塗ります。すると、画用紙にはデンプンが含まれているため青紫色に変色します(ヨウ素デンプン反応)。次に、下絵に沿ってビタミンC水溶液でなぞるとヨウ素の色が消え(酸化還元反応)、おばけや魚が白色に戻ります。これにより、“色が変わる”“色が消える”という2つの化学変化を実感できます。塗り絵のような実験ですので、小学生や未就学児でも楽しく行うことができます。

  

「まほうのインク」用の下絵付き画用紙

科学館での実験教室の様子

中高生を対象とする場合は、「まほうのインク」を体験した後で、一定量のヨウ素系うがい薬を使って清涼飲料水中のビタミンC含有量を調べる実験へと発展させます。ヨウ素系うがい薬に清涼飲料水を滴下していくと、ある段階で茶色から透明に変化します。掴みは、ある種の清涼飲料水では、缶入りとPETボトル入りでビタミンC含有量が大きく違うことが判明するところです。「まほうのインク」の塗り絵実験と同じ化学反応で明らかになる意外な結果に誰もが驚き、初めは引き気味だった中高生も歓声をあげながら積極的に実験に関わるようになります。

こうした実験を通して食品にビタミンCが含まれていることや、その含有量を調べられることなど、化学反応が役に立つことを子どもたちに伝えています。

 

見た目のインパクトや分かりやすさ、楽しいネーミングなど子どもたちの興味をひきそうですね。理科離れが懸念される中、実験教室の手応えは?

理科離れの背景として、1つが自然から離れた現在の生活環境、もう1つは小学校1、2年生では理科と社会が「生活科」に置き換わったことが挙げられます。これにより理科的な考察の場が少なくなってしまいました。これを補うため、理科に携わる私たちが子どもたちに理科的な考察の機会を与えることが大事だと考えています。

ある小学校の学校まつりでは、理科を習っていない1、2年生も実験教室への参加を希望してくれて、「新しい言葉を知り、新しい一歩を踏み出すことができました」という感想を書いてくれた2年生もいます。目の前の現象を「なぜだろう」「不思議だな」と見つめる体験を通して、理科に興味を持ってもらえたと手応えを感じています。

また中高生に対しては、実験の後に私が開発した新しい触媒の紹介もしており、次世代を担う生徒たちに最新の化学技術をアピールしています。

この実験教室を通して、化学を深く学びたいと思う子どもたちが増えることを願っています。

 

【化学への興味をかき立て、研究や化学啓発活動へと導いてくれた恩師たち】

ところで、藤田さん自身が化学に興味をもったきっかけは?

愛知県立時習館高校に入学してすぐ、最初の化学の授業で周期表を学んだのが出発点です。周期性や電子配置、性質の似た元素が縦に並んでいることなど、周期表そのものの面白さはもちろんですが、化学担当の先生が20番までの元素をテンポよくスピーディーに読み上げられ、その流れるようなリズムに引き込まれました。何度も先生の真似をしているうちに自然と周期表を覚え、覚えるともっと深く学びたくなり、学ぶとまた興味がわいて、化学が好きになりました。実はこのことは、以前日本化学会の「化学と工業」の“化学が好きになったきっかけ”というテーマの特集で、紹介されたことがありました。20年以上の時を経てこのことを話すとは思っていませんでした。

大学進学の時点で、化学の道に進もうと決めていたのですか?

はい、化学系の学科への進学を希望していました。

東京大学は最初の2年間は教養課程ですが、友田修司先生の有機化学の講義を受け、まったく新しい未知のものを作り出すことができる有機合成に興味を持ちました。最後の講義が天然物の全合成の紹介で、比較的基本的な反応で天然物を合成できることを知り有機化学に興味を抱きました。

また、大学2年時に竹内敬人先生の「有機立体化学入門」というゼミ形式の授業を選択したことも、有機化学の道へ進む動機となり、3年からの専門課程は理学部化学科に進学しました。

その後、大学院では竹内・友田研究室に所属し、友田先生の指導を受けました。

2人の恩師から学んで今も大切にしていることは?

大学院では不斉合成反応の研究に取り組みましたが、友田先生は学生の自主性を尊重してくださる先生でした。研究に際しては、研究目的に対し常に複数のアプローチで取り組むトレーニングを受けました。また、自分の手掛けた研究はしっかり論文にまとめることが研究者として重要であることを学びました。

竹内先生は化学教育に力を入れておられる先生です。竹内先生が、先生の出身高校で実験教室をされたとき、大学院生だった私も同行してお手伝いをさせていただいたことがあります。冒頭にお話しした実験教室は、このときの経験が原点となっています。いま私が取り組んでいる化学啓発活動は、竹内先生の影響も大きいです。

 

 

 

【試薬のデザインからスタートし、デンドリマーを用いた触媒開発へ】

産総研に入所後は、どのような研究に取り組みましたか?

平成6年に、産総研の前身である物質工学工業技術研究所(物質研)に入所しました。環境にやさしい有機合成の研究を手掛け、当時は触媒ではなく試薬をデザインしていました。

一般に、ほとんどの有機合成は有機溶媒中で行われ、反応後に精製して目的物だけを取り出します。私は、ポリスチレンビーズという数十から数百マイクロメートルの小さい粒に、セレン試薬を固定化(担持)する研究をしました。セレン(Se)を含む有機化合物は毒物に指定されており、反応液中に混入すると非常に危険なことから、有用でありながら汎用化が阻まれた試薬です。

ポリスチレンビーズは有機溶媒に溶けないため、そこにセレン試薬を固定化して反応させ、脱セレン化工程を経ることで、最後に濾過によりセレン試薬を回収することに成功しました。また、ポリスチレンへの固定化によりセレンが気化しないため、セレン試薬特有の強烈な臭いがなくなるという非常に大きなメリットがあります。さらに、有機溶媒を必要としない、水中での有機合成も達成しました。

 

ポリスチレン固定化セレン試薬を用いた水中での有機合成

水中での合成反応についていろいろと分かってきたので、次に触媒をポリスチレンビーズに固定化し、触媒の回収や再利用に役立てる研究に進みました。

これらポリスチレン固定化の研究成果は、合成プロセスのグリーン化に大きく貢献するものです。

 

新しい触媒を作る研究はいつ頃から、どのようなアプローチで行ったのですか?

触媒開発の研究をメインとしたのは2000年代初頭、物質研から産総研になってからです。

デンドリマーという高分子化合物(ポリマー)に興味を持ち、そこに触媒を固定化する研究に着手しました。

一般に、ポリマーは直線あるいは網目状につながっています。一方、デンドリマーは、規則正しく枝分かれして樹木状に広がり、マリモのような球状となるナノサイズのポリマーです。枝分かれの数や中心部(コア)とのつながり方などを精密にコントロールできる特徴があります。

その中心部に触媒として働く金属を固定化し、デンドリマー内部で効率的に化学反応を進める研究を行いました。

 

デンドリマーを用いて、どのような触媒を開発したのですか?                     

まず、水中での有機合成に適した触媒の開発に取り組みました。毒性のある有機溶媒を使わず、水中で有機合成ができるようになれば、環境への負荷を減らすことができます。

一般に原料となる有機化合物は水に溶けにくいため、水中ではうまく反応が進みませんが、界面活性剤を添加すると反応が加速することが知られています。これは、界面活性剤の分子が集まって球状の膜のようになり、水に馴染み易い親水性官能基を外側に向け、内側に水に溶けにくい原料となる有機基質を取り込んだ“ミセル”が形成されるためです。このミセル内部が反応場となります。

デンドリマーを支持体とした単分子ミセル型触媒の設計

そこで、このミセルに似た構造を持つ触媒を、デンドリマーを支持体として用い設計しました。具体的には、デンドリマーの最も外側の層に水に馴染む親水性官能基を導入し、中心部に金属触媒のパラジウム(Pd)を固定化し、デンドリマー中心部の空間を反応場として使います。この単分子ミセル型パラジウム触媒により、水中でも円滑に鈴木カップリング反応が進行しました。また、デンドリマーのサイズを大きくすると収率が向上することも判明しています。

 

【デンドリマー固定化触媒を用い、水中で二酸化炭素から医薬品中間体を合成】

デンドリマー固定化触媒の研究を、どのように発展させていきましたか?

単分子ミセル型の触媒設計の技術を活かし、二酸化炭素(CO2)を原料として水中で医薬品中間体を効率的に合成する方法を開発しました。

合成したのは、2-オキサゾリジノン誘導体というもので、抗生物質や医農薬の中間体として幅広く使われている化合物です。従来の製造法では、猛毒のホスゲンや一酸化炭素などが使われていましたが、近年無毒で豊富に存在する二酸化炭素を用いた安全な製造法が開発されています。しかし、安定した化合物である二酸化炭素を活性化させるには、高温や高圧にする必要があり、加圧や耐圧設備にエネルギーを投入しなければならない課題がありました。

それを解決するため、水に馴染みやすいデンドリマーで金錯体を包み込んだ単分子ミセル型の触媒を設計しました。これにより触媒の親水性と長寿命化を同時に実現するとともに、常温常圧の水中で触媒活性を向上させることに成功しました。

 

新しい触媒を使えば、二酸化炭素をうまく変換できるのですね?

そうです。この触媒を水中で使うと、反応容器が二酸化炭素で満たされた状態で、アミン化合物から2-オキサゾリジノン誘導体を製造することができます。収率は極めて高く、市販の金錯体の40倍以上に跳ね上がりました。反応場を触媒活性点の近くに作ったことで、ここまで収率を向上させることができました。

これは、二酸化炭素を用いることで環境にやさしく、安全に、しかも低コストで医農薬中間体を製造できる技術です。

 

【磁石で引き寄せるだけで回収できる触媒を開発し、実用化を達成】

実用化につながった触媒はありますか?

磁石で引き寄せるだけで簡単に触媒を回収できる「マグネタイト固定化酸化オスミウム触媒」が、東京化成工業(株)で製品化され、販売されています。

酸化オスミウム触媒は、油化学製品や化粧品などの中間体の合成に役立ちます。しかし、毒性や揮発性が高いため取り扱いは容易ではありません。また、濾過により触媒を回収するため、酸化オスミウムをポリスチレンなどの固相支持体に固定化すると活性が低下するという欠点がありました。

そこでまず、デンドリマーの中心部に酸化オスミウム(OsO4)を固定化した触媒を開発しました。高い触媒活性が得られ、反応後は再沈殿により回収することができました。

さらに研究を進め、磁石に付くマグネタイト(Fe3O4)に酸化オスミウムを固定化した触媒を開発しました。固定化する際に、デンドリマーの枝分かれした骨格(デンドロン)もマグネタイトの表面に導入することで、高い触媒活性が得られ、反応後に磁石を近づけるとマグネタイト固定化酸化オスミウムが速やかに引き寄せられることがわかりました。濾過をしなくても簡単に触媒を回収できるようになり、もちろん触媒の再利用も可能です。

 

    

マグネタイト固定化触媒を用いた反応の様子(左)触媒回収(右)

引き続き、産業界からの強いニーズに対応するため、さらなる改良と高性能化を図りました。最終的に、デンドロンを使わず、水に馴染まない長鎖アルキル基をマグネタイト表面上に導入することで、より反応性が高く、低コストで製造できる「マグネタイト固定化酸化オスミウム触媒」の開発に成功しました。

 

製品化までは順調に進みましたか? 

JSTの「良いシーズをつなぐ知の連携システム(つなぐしくみ)」で、東京化成工業(株)を紹介していただき、その後は製品化に向けた開発が一気に加速しました。

実用化するには、実験室での合成をスケールアップし、大量に製造する技術が求められます。そうした過程で、これまでにない貴重な経験をすることができました。

自分が研究開発したものが世の中で実際に使われるようになり、研究者として達成感が得られたとともにうれしく思っています。

 

今後、挑戦したいことは?

これまでデンドリマーを反応場として使ってきましたが、これからは触媒の設計においても中心部の空間を活かし新しい触媒を開発していきたいです。またデンドリマー以外のナノサイズの支持体の特徴を活かした固定化触媒設計、さらには触媒金属の集積に基づく新規触媒設計により、二酸化炭素などの不活性分子の活性化に挑みたいと思います。

一方、実験教室については、子どもたちに理科的な考察の場を与える活動をこの先もずっと続けていくつもりです。

 

グリーン・ケミストリーに携わる化学者として、環境への思いは?

環境にやさしいものでなければ、世の中で使ってもらえません。「環境を汚染するものは使わない」「二酸化炭素を役立つ物質に変える」など、産総研の使命として常に環境を意識しながら研究を進め、産業への展開を図っていきます。

 

 

(聞き手・文=太田恵子)

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電話・FAX 029-861-6052

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