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第20回 クロスアポイントメントフェロー 筑波大クロスアポイント 木越英夫教授

『創薬から多様な製品開発まで、海洋天然物のケミカルバイオロジー研究』

【名古屋大学で、日本の天然物有機化学を牽引した偉大な恩師と出会う】

  •   今回は、クロスアポイントメントフェローとして着任した木越英夫さんに、天然物有機化学における長年の研究や、それを活かした新たな取り組みについて伺  います。まず、どのような子ども時代を過ごし、いつ頃から理系に興味を持ったのか聞かせてください。

 

  • 1.木越   私は岐阜県郡上八幡で生まれました。お盆の4日間は朝まで踊り明かす「郡上おどり」で有名な所です。山や川がきれいで、子ども時代は自然の中で駆け回ったり川で泳いだりして育ちました。子どもの頃から理科が好きでしたが、これといったきっかけは覚えていません。ただ、病気を治す医薬品に興味がありました。

 

高校生の頃、理系科目で一番好きだったのは数学です。高校生からみると、すべて数字で理解でき曖昧なところがなくて分かりやすい。大学も数学科に進もうと考えていました。

  •    進学した名古屋大学は、入学時は学科が分かれておらず、2年生の夏休みに理学部は数学、物理、生物、化学、地学の5学科に分かれます。大学の数学は高校のものとは大きく異なり、そのとき数学科の試験に落ちてしまい、2番目に好きな化学科に進みました。

 

  •  名古屋大学で所属した研究室は?

 

2.-1木越4年生のとき有機化学系の山田靜之先生の研究室に入りました。山田先生の師匠は平田義正先生で、日本の天然物有機化学を創出された大御所です。とにかく実験が好きで、いつも朝から晩まで実験をしていらっしゃったそうです。作業着姿で実験室を動き回っているので、お客様が来ても目の前にいるのが平田先生だと気付かれないような(笑)、そういう先生でした。

私が3年生に進級するとき平田先生が退官され、その後を引き継がれたのが山田先生です。研究室を立ち上げたばかりとあって、先生も意欲的ですし、純粋に有機化学が好きな学生が集まり、いま思えば若い人材が成長するには格好の環境だったと思います。

恩師である山田先生の思い出は?

とても厳しい先生で、今でもお目にかかると直立不動になります。学生時代は随分叱られましたが、一生懸命に面倒をみてくださいました。

例えば、実験を失敗することがありますが、「失敗」と「上手くいかなかった」のとは違います。失敗はするべきことをしなかった結果ですが、するべきことをしても上手くいかないことが往々にしてあるわけです。そのとき山田先生から、「なぜ思った通りにいないのか考えなさい」とよく言われました。目的以外の化合物ができたときも、曖昧なまま実験をやり直すのではなく「何ができたかをしっかり調べなさい」と。3.-1木越

化学の世界では、失敗からとてつもなく面白い発見をする場合もありますが、それもきちんと実験記録をとり、考え、調べるというプロセスがあればこそです。私が今日まで研究を続けてこられたのも、そうしたご指導のおかげだと思っています。

 

【海辺で集めた海洋生物の成分から薬になる有機化合物を探し、全合成に挑む】

山田研究室では、どのような研究に取り組んだのですか?

4.木越研究室で海藻や海綿の成分を調べる研究をしており、その中で私が取り組んだテーマはソゾという海藻に含まれる新しい有機化学成分を見つけて構造を決定し、全合成をすることです。

研究室のメンバーでよく三重県の海へ行き、実験に使う海藻や海綿を何十kgも集め、両手に抱えて研究室まで持ち帰ったものでした。研究室では抽出・分離の作業を延々と繰り返し、機器分析により新しい化合物を探していきます。ある時期から、生物活性をもつ化合物、具体的にはがんの薬になる可能性がある成分を探す研究に移りました。

5-1.木越

膨大な化合物の中から、どのように目的の化合物を探し出すのですか?

例えば、不明な成分が約1万個まざった試料があるとします。それを約1000個ずつ10のグループに分け、その中で最も制がん効果が強いグループを選ぶ。そのグループを、また約100個ずつ10のグループに分けて調べ、次は約10個ずつ10のグループに分けて……と地道にコツコツ繰り返した末に、生物活性をもつきれいな化合物をとることができます。

全合成も地道な作業が続くのですか?

6.木越そうです。レゴブロックのように1個1個の部品を組み立てていく作業となります。フラスコの中で試薬を混ぜると、化学反応が起こって新しい化合物ができ、それをクロマトグラフィーできれいに分離したら、また別の試薬を加えて反応を起こし……という作業を延々と繰り返します。

簡単な化合物なら10段階ほどで全合成できますが、これまで私が全合成した中で最もプロセスが多かったものは約100段階かかりました。

全合成を成し遂げたときの気持ちは?

それはうれしいですね。よく全合成は登山に例えられますが、人が命がけで登るエベレストのような山にも、比較的安全なルートや、ちょっと危険だけれど早く登れるルートがあります。それと同じように全合成にもさまざまなルートがありますが、安全なルートでは段階ばかり増えてしまうので、どこかで冒険をしなければなりません。その冒険こそが有機化学の研究です。

それほど大変な全合成をする目的は?

そこまでする価値のある化合物だから全合成をするわけですが、目的の一つは「挑戦」です。

ずっと昔、化学は錬金術からスタートし、無機化合物の化学反応について研究が進んでいきました。やがて有名な「ユーリ・ミュラーの稲妻の実験」により、雷で化学反応が起こり、無機化合物から有機化合物ができることが実験室で再現されます。しかし、天然の有機化合物は非常に複雑な構造をしているため、それを作ることは長い間できずにいました。

現在は有機化学が成熟して複雑な合成ができるようになり、多くの化学者が全合成に挑戦しています。さらに、天然の有機化合物の中には、薬になるような生物活性をもつものが非常にたくさんあります。それを人間の手で作ろうというのも、私の挑戦です。

【海洋生物アメフラシの制がん効果の研究を、恩師から引き継ぎライフワークに】

自然界にあるものから、どのような薬を作ろうとしているのですか?

7-1.木越私が長年研究しているのは、アメフラシという海洋生物の体内にあるアプリロニンという化合物で、制がん剤になる可能性があります。この研究は山田先生が1980年代に始められたもので、アメフラシに制がん効果があると発見され、その原因を探る段階で大学院生だった私が参加しました。

そもそもなぜアメフラシが、がんに効くと分かったのですか?

アメフラシは見た目がナメクジのようで、動きが遅く、体も柔らかい生物です。例えば外敵が来た場合、カタツムリは貝殻に隠れ、魚は泳いで逃げますが、アメフラシは身を守る方法がありません。そういう弱い生物が海で生きていけるのは、化学的な防御物質があるためではないか。そう考えたところからスタートしています。

山田先生から研究を引き継いだ後、どのようなことを解明してきましたか?

1993年にアプリロニンを単離し、1994 年には化学構造を決定、全合成にも成功しました。先ほど約100段階かかったとお話ししたのは、このアプリロニンの全合成です。また、がん細胞を植え付けたマウスにアプリロニンを与えると、延命率が5倍以上になることを確認しました。これほど延命率が高い薬は極めて稀で、非常に注目されています。

8.-1木越次に、なぜそれほど強い制がん効果があるのか知るため、アプリロニンが体内の何を標的としているのか相互作用を調べたところ、タンパク質のアクチンと結合することが分かったのです。

アクチンは丸い分子であり、それが何個もつながって細胞の中に柱を作っています(細胞骨格)。そこにアプリロニンが入ると、アクチン1個1個に取り付いて柱がばらばらになり、細胞骨格を保てずにがん細胞が死ぬのではないかと考えました。

アクチンを突き止めたことで研究が大きく前進したのですね。

しかし、まだしっくりこない部分が残っていました。アクチンの細胞骨格が壊れていないのにがん細胞が死ぬケースが見られる。最初の仮説に瑕疵があると分かったのが2000年頃です。

そこで、相互作用の標的がアクチン以外にもあるはずだと考えました。アプリロニンに有機化学の力で釣り針のようなものをつけ、タンパク質と二度と離れないように結合させる方法を使って調べた結果、見つかったのがチューブリンです。アプリロニンは一旦アクチンと結合し、その化合物がチューブリンと結合します(三元複合体)。これにより、チューブリンの活性が阻害されてがん細胞が死ぬことが解明できました。

このような研究は「ケミカルバイオロジー」(化学生物学)といって、化学物質を使って生物学を研究する領域です。

制がん剤は注目度が高いと思われますが、実用化の見通しは?

本格的に企業が参入して実用化する段階はまだずっと先です。しかし、タンパク質-タンパク質の結合をアプリロニンが誘導するというアイディアは使える可能性があります。

一般的に薬は、小さい有機化合物が大きいタンパク質と結合して作用しますが、結合する相手や結合のしかたが良くないと副作用の原因となります。その点、大きいタンパク質同士ならきちんと結合できるので、薬として上手く作用します。アプリロニンは比較的小さい有機化合物でありながら、まずタンパク質と結合して足場を作ってから次のタンパク質を引き寄せるため、副作用を防ぐ可能性があります。最近はこの「タンパク質—タンパク質相互作用(PPI)」が盛んに研究されており、今後の発展が見込まれます。

9-1.木越

 

このように30年にもわたって次々と研究成果をあげ続けている研究は、あまり例がないそうですね。これまで手掛けた中で、他にも息の長い研究はありますか?

山田研究室に入ってすぐの頃から、ワラビの発がん物質の研究も行いました。

牧畜が盛んなヨーロッパでは、昔から牛がワラビをたくさん食べると病気になることが知られています。1960年頃から研究が進み始め、ワラビに発がん物質があることが判明しました。それを受けて山田先生と東京大学医学部の廣野巌先生が共同研究をスタートされ、ワラビの発がん物質はプタキロサイドという化合物であることを突き止めました。

プタキロサイドはどうやらDNAを損傷することによってがんを引き起こすらしく、どのようにDNAと反応し、どのようにしてDNAが切れるのかを研究したのが私の博士論文関連研究です。

この研究により、面白いことが確かめられました。ワラビの発がん物質は非常に不安定で、水に溶けやすく、アルカリ性に弱い。そのため昔ながらの灰汁抜きや調理法で安全に食べられることが、化学的にも証明できたことになります。

【医薬品、健康食品、化粧品など、藻類バイオマスの多様な活用を目指す】

クロスアポイントメントで産総研と共に取り組む研究テーマは?

10-1.木越筑波大学では『藻類バイオマス・エネルギーシステム開発研究センター』を設立し、渡邉信先生を中心に藻類バイオマス研究に力を入れています。その成果で、とある藻類細胞が非常にたくさんのオイルを作ることが分かりました。テレビや新聞などでも度々取り上げられ、「日本を産油国に」というインパクトのあるフレーズで注目を集めています。

藻類は、太陽の光とある程度の栄養があれば増えるので、大きな水槽で培養し、作ったオイルを燃料として使う研究が進んでいます。

それを燃料だけではなく、オイルの中にある有機化学成分を有効活用しようというのが、今回のクロスアポイントメントメントの研究テーマです。例えばオイルをさまざまな有機化合物の材料にするための変換技術は産総研が担当します。一方、オイルの中から生物活性をもつ化合物を取り出すのは私の仕事です。

藻類から抽出したオイルを活用するメリットは?

有機化合物は、私たちの社会を支える材料です。今使われている有機化合物のほとんどは石油からできていますが、石油を使えば炭酸ガスを排出しますし、石油から新しい化合物を作るのは大変です。一方、藻類バイオマスは炭酸ガスから作られますから、石油とは大きく異なります。また、複雑な有機化合物が含まれており、それをどれだけ価値のある化合物に誘導できるか、研究を進めていくことには大きな意味があります。

筑波大学で作ったオイルを使うところがポイントですか?

藻類バイオマスの研究センターだけが所有している菌種がありますし、また渡邉先生の研究グループは藻類から天然有機化合物を作るさまざまなノウハウをもっているため、今回の研究に必要なオイルを量産できる可能性があります。それとは別に、私が求める生物活性をもつ化合物がどの藻類に入っているのか、同センターが所有する多数の藻類を片っ端から調べる研究もしなければなりません。オイルの生物活性を調べる研究は、同センターの礒田博子先生にも協力していただきます。

さきほどお話ししたアメフラシ研究の弱点は、欲しい化合物がアメフラシにほんの少ししか入っておらず、合成しようとしても100段階もかかる点です。それに比べ藻類は培養すればいくらでも増え、渡邉先生は工場レベルでの培養を目指しているので、そこが最大の強みとなって将来が開ける可能性があります。

新たな産業を創出できそうですね。

11-1.木越少量で一番高く売れるのは医薬品ですから、医薬品に使える化合物を探すのが可能性の一つです。次に考えられるのは健康食品産業で、薬ではなくても体に良いとされる化合物はたくさんあります。さらに、化粧品関係も有望です。今はスクワランを深海ザメからとっていますが、藻類から効率よく取れれば商品の製造が容易になります。すでに筑波大学と企業の共同開発により、ボトリオコッカスという緑藻類が産生するボトリオコッセンという炭化水素化合物を配合したハンドクリーム『モイーナ』が商品化されています。

多様な展開が見込まれますが、他にも期待を寄せる分野はありますか?

今後の研究次第ですが、藻類バイオマスの研究センターで培養している特定の藻類の成分に精神安定作用があるため、ストレスを軽減するような健康食品ができるのではないかと期待されます。人類は感染症やがんを抑え込む薬を作り出してきましたが、次に直面する大きな課題はストレスであり、それに起因する自殺は深刻な社会問題となっています。ストレス社会の中で、この分野の研究は今後大きく伸びていくと思われます。

クロスアポイントメントへの意気込みを聞かせてください。

藻類バイオマスの研究は非常に面白いテーマですが、それを社会に役立てようとしたとき大学の研究者だけでは実現できません。クロスアポイントメントにより、研究成果が世の中に出て行く可能性が広がるでしょう。私自身、これまで学術的な研究をしてきましたが、それを社会に役立てる方向に広げるチャンスと捉えています。

【異分野融合で成果をあげるため、人材育成と研究に信念をもって取り組む】

木越さんは学生を育てる役割も担っていますが、これからの研究者に求められる資質は?

一つは、自分の仕事を分かりやすく説明できる能力です。私の研究室の学生なら有機化学や有機合成について、社会に出てから異分野の人、企業の人、または広く世の中に向けてきちんと伝える能力が求められます。

もう一つは、異分野を自分の研究に吸収できる能力です。とくに天然物有機化学は生物の考え方を取り入れないと研究ができないため、異分野の知識や手法をスポンジのように吸収できる脳みそが必要です。

異分野融合が進む中で、どのような教育が大切になりますか?

さまざまな融合分野ができていますが、気をつけないと中途半端な教育を受けた人間ばかりになってしまう恐れがあります。最初にしっかりした背骨がなければ肉もつけられませんから、背骨になる分野がきちんと身につくまでは徹底して基礎を磨くべきです。高校生や大学生でいきなり融合分野から勉強を始めるのは早すぎますし、極端に言えば意味がありません。まずその時期にしなければならない勉強をして、大学院の頃からからじわじわと異分野を吸収していくのが良いでしょう。

ご自身の研究で、これから挑戦したいことは?

藻類バイオマスの研究と並行して、さきほどのアメフラシの制がん効果の研究を先に進めていくことです。なぜ延命率が5倍にもなるのか、現時点では分かっていません。化学的に解明されたことと、実際にガンが治ることの間に、まだ隙間が残っています。有機化学と生物学が上手くつながれば、今後解明できる可能性があるでしょう。

研究を続ける一番のモチベーションは?

好きだからとしか言えません。よく研究というのは、100回挑んでも1回くらいしか上手くいかないと言われます。でもそれは、1回でも上手くいくから続けられるの12.木島です。

自分の仮説の方向さえ合っていれば、100回中1回だけは絶対に上手くいく。もし上手くいかなくても、その理由を調べて次に進む方向を見出せば良い。1つ進んだらまた次に100回挑む。研究はその積み重ねです。

信念を持ち、1回上手くいったときの喜びだけを覚えていて(笑)、大変なことは忘れて頑張るということだと思います。

 

(聞き手・文=太田恵子)

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