触媒固定化設計チーム

第11回 官能基変換チーム 今野英雄主任研究員

『マイクロ波を活用し、新しい有機EL材料を開発する』

1.今野

【人工光合成の研究と出会い、研究の面白さを知る】

今野さんが科学に興味を持ったきっかけは何ですか?

これというきっかけはありませんが、子どもの頃から理科は好きでした。草むらや河川敷で昆虫を捕まえたり、川で魚を獲ったりしていて、よく遊んでいました。特に生き物を観察するのが好きで、今でも楊貴妃というメダカを飼っていて子どもと観察しています。

私が生まれ育った埼玉県川口市は、鋳物の街として昔から有名で、映画『キューポラのある街』(1962年)の舞台にもなった所です。私が子どもの頃は、鋳物工場のキューポラ(鉄の熔鉱炉)を、あちらこちらに見ることができました。当時の川口は公害がまだ残っており、よく光化学スモッグ注意報が出ており、近くの川も汚れていました。かつて川口には、産総研の前身となる工業技術院の公害資源研究所があったくらいです。1979年頃には、研究所はつくばに移ってしまい、私はあまり覚えていないのですが(笑)。そういう環境の中で身近な自然や公害について子ども心に何か感じるところがあったのかもしれません。

中学生になった頃には漠然と理系に進みたいと思っていたのですが、進学した城北高等学校の恩師である帖佐先生の化学の授業が面白くて、化学という学問に興味を持ち、大学では応用化学科を志望しました。

 

大学の研究室では何を専攻したのですか?

出身研究室では、ルテニウムやレニウムのような遷移金属錯体を使い、二酸化炭素(CO2)を光によって有用な物質に変換することが大きな研究テーマでした。緑色植物がしている光合成を人工的に再現することから、“人工光合成”とも言われています。

遷移金属錯体と電子供与体(アミン)を含む溶液に二酸化炭素(CO2)を吹き込んで可視光を当てると、二酸化炭素(CO2)が還元され一酸化炭素(CO)が生成するのですが、どのように反応が進行しているのかよく分かっていませんでした。この研究はあくまで基礎研究なのですが、反応メカニズムが解明できれば、将来、太陽光で地球温暖化の原因とされる二酸化炭素(CO2)を効率良く有用物質に変換できるのではないかと考えて、研究に没頭していました。
1.図


恩師はどのような方ですか?

恩師は石谷治先生(当時、埼玉大学助教授)です。石谷先生は、さきほどお話しした公害資源研究所(その後、資源環境技術総合研究所と改称)の研究員をされていて、ちょうど私が4年生で研究室に入る時に大学へ移り、新たな研究室を立ち上げたところでした。

石谷研究室に最初に配属された卒業研究生が3人だったこともあり、非常に熱心に指導してくださいました。日々の研究ミーティングでは夜の9時、10時まで熱く議論することも珍しくありませんでしたし、また学会前にはマンツーマンで、みっちりと発表練習をしていただきました。石谷先生からは、日々の研究に対する姿勢から研究哲学まで、幅広く教えていただいたと思います。

 

【学生時代に、米国ブルックヘブン国立研究所での研究を経験】

学生時代、印象に残る経験はありますか?

石谷先生が資源環境技術総合研究所(現、産総研西事業所)と共同研究をされていたので、私も埼玉の自宅からつくばの研究所に通って、研究をさせていただきました。研究室の雰囲気がとても良くて、研究スタッフの方が生き生きと研究をされている様子が強く印象に刻まれました。

他にも、大学の外の世界を経験する機会はありましたか?

石谷先生から、なるべく早く海外を経験した方が良いと勧めていただき、博士課程3年生の時にアメリカのブルックヘブン国立研究所(BNL)に留学しました。研究テーマは、遷移金属錯体を用いた二酸化炭素(CO2)の光還元反応の機構を解明するために、反応中間体の性質を明らかにすることでした。

反応中間体は空気中では非常に不安定なため、実験は全て真空ラインを用いて行っていました。実験の都度、特殊なガラス製装置を真空ラインに接続し、バーナーで焼いて封じ切ってしまうため、毎日のように、ガラス加工のテクニシャンのところに行って、新しいガラス器具を作ってもらっていました。特殊なガラス器具の設計を英語で伝えるのは大変でしたが、昨日の実験が上手くいったと話すと、喜んでどんどん作ってくれました(笑)。

学生時代に国内外の研究所で多様な経験をさせていただいたことは、非常に有意義だったと改めて感じています。

大学院修了後の進路について、どのような希望を持っていましたか?

私がお世話になった資源環境技術総合研究所は研究設備も充実しており、自然豊かなつくばの街も好きでしたので、こういう素晴らしい環境で研究できればと思っていました。たまたま縁あって、産総研が発足した2001年に入所することができました。

【有機EL実用化のカギを握る、発光材料の開発に着手】

産総研に入所後は、どのような研究をしたのですか?

最初に与えられたテーマは、コンビナトリアルケミストリー(combinatorial chemistry)というもので、これは直訳すれば「組み合わせの化学」となります。例えば、触媒反応には反応条件の多様な組み合わせがあり、また新しい材料の開発にも多様な物質の組み合わせが考えられますが、その中でいかに効率良く目的の反応や化合物を探索するかという、方法論のようなものです。

コンビナトリアルケミストリーで何を扱うか、色々悩んだ末、当時世間で注目され始めた、「有機EL」に使われる発光材料を研究ターゲットにしました。有機ELの発光材料は遷移金属錯体であり、私の学生時代の研究とも多少なりとも関連があり、何より研究の出口イメージが明確であることから、産総研での研究テーマとして適していると考えました。

発光材料の話に進む前に、まず有機ELのしくみを簡単に教えてください。

有機EL(エレクトロルミネッセンス)は、現在の液晶に代わる次世代ディスプレイ技術として期待されています。液晶との大きな違いは、光源を必要としない点です。構造がシンプルなため、薄型・軽量化が可能で、輝度やコントラスト比に優れ、また基板をプラスチック等にすれば折り曲げたり丸めたりするフレキシブルなディスプレイも作れます。さらに、照明への応用も活発に研究されており、省エネにも貢献できる可能性があります。

有機ELは、陽極と陰極の2つの電極間に複数の有機層をサンドイッチした構造をしており、有機層の中の1つが発光層です。陰極と陽極の間で電子と正孔(ホール)を効率よく流し、発光層で再結合させることによって光ります。

この発光層はホスト材料とゲスト材料からなり、私が研究しているのはゲスト材料(=発光材料)です。ホスト材料は発光層の90%を占めており、ゲスト材料が凝集しないよう、うまく分散させる役割を担っています。

図2.

有機ELの発光材料には、いろいろな種類があるのですか?

大きく分けると蛍光材料とりん光材料の2種類があります。蛍光材料は身近にある有機化合物で、りん光材料は遷移金属を含む錯体化合物です。私が研究しているのは、りん光材料の方です。

りん光材料を用いた有機ELの発光効率は、原理的に蛍光材料の3~4倍高いとされていたものの、どのような化合物を用いれば良いのか分かっていませんでした。しかし1999年に、アメリカのプリンストン大学と南カルフォルニア大学の研究チームが、イリジウム錯体を使うと有機ELの発光効率が劇的に向上することを発見し、りん光材料は非常に注目されるようになりました。

【マイクロ波を用いて、りん光材料の画期的な合成法の開発に成功】

今野さんは、どのようなアプローチでりん光材料の開発に挑んでいるのですか?

りん光材料として使われる金属錯体は、中心金属と配位子からなる化合物です。金属錯体を合成するためには、金属と配位子を反応させる必要があるのですが、200℃以上に加熱する必要があります。従来の加熱方法では温度を上げるのに長時間かかる上、温度ムラが原因で材料が分解し、純度が下がるなどの問題がありました。一般的に、有機EL材料の純度が下がると有機ELの耐久性が低くなるので、複雑な精製プロセスが必要となってしまいます。

そこで、これまでより効率の良い合成法を開発したいと考え、加熱方法としてマイクロ波に着目しました。マイクロ波加熱の原理は電子レンジと同じです。電子レンジを使えば短時間で調理できるのと同じように、フラスコに必要な試薬を入れてマイクロ波を照射すれば、りん光材料が短時間で合成できるのではと考えたわけです。実際に実験してみると、もちろん材料によって反応条件は異なりますが、マイクロ波を照射してわずか数分で溶液の色が変わり、純度の高いりん光材料が自然に析出してくることがわかりました。この方法を使えば、短時間で効率よく、りん光材料を作ることができるので、コンビナトリアルケミストリー的な材料探索も可能になりました。

1.りん光材料の新合成ルートと従来合成ルート

4.図

マイクロ波を照射するところにオリジナリティがあるわけですね。

今でこそ有機合成や触媒反応に使う専用のマイクロ波照射装置が販売されていますが、当時はまだ装置の開発が進んでおらず、非常に高価でした。そのため、家庭用電子レンジを独自に加工して、実験に使用していました。幸いにも、この研究テーマがNEDO産業技術研究助成事業に採択されたので、研究予算がついて、専用のマイクロ波照射装置を購入することができました。

今後、本技術を実用化するためには、反応のスケールアップが必要です。私も最初は小さなフラスコで実験をしていましたが、企業との共同研究が始まり、量産を目指してスケールアップを行っています。実際にスケールアップを行うと、小さなフラスコではわからなかった色々な課題も出てきましたが、その点については、企業のノウハウを活かし解決できると思っています。

今後、現在の研究をどのように発展させていこうと考えていますか?

いまお話しした製法のスケールアップのほかに、これまで培ったマイクロ波を使った合成ノウハウや分子設計の知見を活用し、新しいタイプの発光材料の開発を目指しています。具体的には申し上げられませんが、金属錯体の中心金属やその周りにある配位子の構造を変えると、発光色や発光効率が大きく変わるので、有機EL材料の開発を通じて、なぜそのような現象が起きたのかを解明することは、学術的にも興味深いテーマです。
2.1今野

残された課題は何ですか?

有機ELの実用化に向けて残された課題の1つは、青色りん光材料の開発です。ディスプレイでフルカラーを出すには、光の3原色RGB(赤、緑、青)の発光材料がそれぞれ必要となります。そのうち赤色と緑色の材料は、ほぼ実用化レベルに達していると言われていますが、一番波長の短い青色りん光材料の開発が遅れています。高い耐久性のある青色りん光材料の開発は非常に難しく、世界各国で研究が盛んに行われています。

【有機EL材料の開発に挑み、成果を産総研から社会へ送り出したい】

今野さんは研究で壁にぶつかったとき、どのように乗り越えてきましたか?

研究というのは、うまくいかないことがほとんどですし、結果が出ても上手く解釈できないことも多々あります。そうした混沌とした試行錯誤の時期に色々と考えることが重要と思っています。普段から研究チームのメンバーとディスカッションすることはもちろんのこと、色々な学会や研究会に参加し異分野の研究者と交流したり、国内外の論文や特許など最新の研究動向などを調べていく中で、新しいアイデアが生まれてきて、ふと問題を解決できることがあります。実際にすごく苦労して合成した材料がきれいに光ると感動しますし、やる気が出ますね(笑)。
図5.改

最後に、今後の夢を聞かせてください。

産総研は「技術を社会に」を使命とする国の研究機関です。私は産総研に入所して以来、大学とは異なった立場で社会に役立つ研究がしたいと思い、企業と積極的に連携してきました。社会のニーズをつかみ、さらに産総研の研究成果を実用化するためには、企業との共同研究が必要不可欠と思うからです。

研究者としての大きな夢は、社会を変革できるような何か産総研オリジナルの新材料を開発し、最終的には実用化まで持っていきたい。いま開発している有機EL材料もその1つです。今後も技術を社会に貢献するという強い意志を持って研究していきたいと思います。

3.1.今野

 

(聞き手・文=太田恵子)