触媒固定化設計チーム

第12回 イノベーション推進本部 知的財産部 知的財産企画室 (2014年10月よりイノベーション推進企画部所属) 梶川佐依子主査

『知的財産の側面から、さまざまな研究連携を支援する』

【事務職員として国際部門(現在の国際部)に配属され、海外との研究連携をサポート】

今回は、産総研の研究を支援する事務部門の仕事について、ケイ素プロジェクトの知的財産に関する合意書(知財合意書)の作成を担当した梶川さんにお話を伺います。まず、梶川さんが産総研に入所した経緯から教えてください。

私は大学までずっと文系で、理系とは縁遠い学生生活を送りました。改1cut01そのため、実は就職説明会の案内メールが届くまで産総研を知らなかったのですが、説明会に参加してみると職員の皆さんの自然体で温かみのある雰囲気が自分に合いそうだと感じ、応募しました。

入所後、どのような仕事を担当したのですか?

平成18年4月に入所し、国際部門に配属されました。最初の2年は海外の大学・研究機関との研究交流や共同研究プロジェクトの事務管理をし、2年目の後半から、海外と共同研究契約を結ぶ際の英文契約書の締結に関する業務を担当するようになりました。 英文契約書の英語は一般的に使われる英語とは違い、独特な表現や語句の使い方をするので、とても興味をひかれました。というのも私は学生時代、言語の歴史や表記・音の変遷などに興味を持ち、卒論のテーマにもしています。

研究所の事務部門となると、理系の知識も必要ですか?

事務部門の職員は、理系出身の人もいますが文系出身も少なくはありません。私自身、「研究の内容が理解できないと研究契約や知的財産に関する仕事をしていくのが難しいのではないか」と不安に思ったこともあります。 しかし私の業務で重要なのは、研究の技術的内容を理解することよりも、研究者が外部の研究機関や企業と連携することになった背景、両者の役割分担、見込まれる成果、成果の活用や権利についての要望などを研究者から聞き取り、きちんと把握することです。それを踏まえて組織としての対応を考え、共同研究契約書の草稿を作成して相手方と調整する、という流れで仕事をしてきました。

 【知的財産部で、主に日本企業との共同研究におけるルール作りを担う】

国際部門の他には、どのような仕事をしましたか?

入所して4年半が過ぎた平成22年10月に、知的財産部の知的財産企画室に異動になりました。国際部門のときも契約上さまざまな交渉が必要になるのは研究成果や知的財産権の取り扱いでしたので、いろいろ相談しながら一緒に仕事をしてきた関係の深い部署です。一番大きな変化は、海外の案件を扱うことが減り、主に日本企業の案件を扱うようになったことです。 知的財産権の知識については、研修や書籍で学びつつ、実務を通して身につけていきました。

 知的財産部の役割や体制について教えてください。

知的財産権は、産総研が研究成果を社会に普及させるための重要なツールとなります。知的財産部は、知的財産企画室、技術移転室、知的財産管理室で構成され、知的財産に関する所内の制度整備、知的財産の権利化や管理、技術移転などを通して産総研の技術を社会に橋渡しする役割を担っています。 知的財産権にも精通したイノベーションコーディネータ、企業での経験を持つ技術移転マネージャ、知的財産権のプロである弁理士など、さまざまな専門性を持つ職員がおり、みんなで連携して知的財産権の管理・活用にあたっています。

その中で、梶川さんが担当した業務は?

国内の大学・研究機関・企業と共同研究やプロジェクトをする際、知的財産権の取扱いについてのルール作りを改cut02主に担当しました。あらかじめルールを決めておけば、共同研究から生じた成果をスムーズに活用することができます。 そうした業務の中で痛感したのは、日本企業との知的財産の取り扱いに関する調整は大変だということです。現場の研究者同士の関係と知財・法務担当者同士の関係は異なるかもしれませんが、お互いの組織の立場をもっとよく理解し合う必要があると感じました。

なぜ、知的財産権に関する企業との調整が大変なのでしょう?

やはり、産総研と企業では組織の立ち位置がまったく異なるからだと思います。産総研のような公的研究機関や大学は、研究成果を自ら事業化し直接利益を得ることはできません。一方企業は、研究成果を事業に活用し、利益を生み出さなければならないわけです。 企業の立場からすれば当然と思われる要求であっても、産総研としては立場も考え方も違うので、知的財産権の取扱いルールを良い方向にまとめるには、どれだけお互いの立場を理解し合えるかが重要になります。 企業の知財・法務担当者の中には、企業の考え方や主張の理由を丁寧に説明してくださる方もいて、企業の考え方を知ることができただけでなく、説明の仕方や交渉の進め方などもとても参考になりました。

【現場の研究者の意向をよく確認しながら、組織としての対応を検討する】

知的財産の業務に携わる中で、やりがいを感じるところは?

研究成果を特許出願するか、ノウハウとして秘匿するか、ソフトウェアをどういう条件で取り扱うかなど、戦略的に知的財産権化していく必要があります。加えて、研究成果を誰にどのような形で活用してもらうかを考え、それを契約内容に反映していく必要があります。そうしたことについて、イノベーションコーディネータや技術移転マネージャに相談させていただいたり、研究者から話を伺ったりする中で、自分で考えられることが増え、経験を積むほど対応の幅が広がっていくところにやりがいを感じています。 誰に、何を、どこまで聞くかは自分の判断で動きますが、困ったら相談できる方が周りにいて、他の室の方からも丁寧にアドバイスしていただける恵まれた環境に、感謝の気持ちでいっぱいです。

たとえば、研究者にはどのようなことを聞くのですか?

共同研究に至った経緯、産総研の担う役割、成果の活用や権利についての要望などを伺います。どのような研究成果を目指し、将来的にどのように展開していきたいかを一番考える必要があるのは現場の研究者ですので、その意向をよく確認した上で産総研としての対応を考えるようにしています。やはり、研究者から改cut03直接聞かなければ分からないことはありますし、事情が分かればルール作りの方向性も見えてきます。

また、研究成果を特許出願するかノウハウとするか、最終的に判断するのも研究現場の責任者です。知的財産権をより強固なものとし、最適な活用に繋げるため、イノベーションコーディネータや知的財産部がチームを組み、研究者の判断をサポートします。

 

【ケイ素プロジェクトで、複数者が関わる「知財合意書」を作成】

ケイ素プロジェクトの仕事は、他の案件と異なる部分はありますか?

まず、産総研に集中研を置き、参加企業3社の研究員が産総研に出向して研究をするという体制が特徴的でした。複数者が関わるプロジェクトの知財合意書を作る取り組みが広まり始めたのが、ちょうどこの頃です。 また、約10年間に亘る長期のプロジェクトであるため、期間中の細かい運用のルール作りをどう進めるかなど、運用面での新しい仕組み作りも必要となりました。 さらに、研究成果の事業化を促進するよう、「未来開拓研究プロジェクト」における知的財産等の取扱に関する基本的考え方に則った知財合意書が求められました。

知財合意書の作成で、苦労はありましたか?

知財合意書は、まず産総研で案を作成し、各企業、各大学に確認してもらうという流れで作成していきました。大半は順調に合意を得られたのですが、最後の最後まで議論が長引いた点があり、そこを調整するのが大変でした。 しかし、プロジェクトの条件は変えられないものであり、産総研としては止めるわけにいきませんから、何かしらの合意を得たいと思いました。技術移転マネージャに企業の考え方や業界の動向についてアドバイスをいただきながら、私自身企業の立場、企業の意見を少しでも理解し、大学も含めた全体の意見を調整し、プロジェクトの条件に合うルールづくりをしようと努力しました。

今回の知財合意書は大型プロジェクトを実施するときのモデルケースになると高く評価されています。最終的に合意を得られたとき、どのような気持ちでしたか?

達成感がありましたし、本当にまとまって良かったと思います。調整が長引いた点もありましたが、改cut04途中で諦めようと考えたことはありません。研究者同士の関係が良く、それが議論をまとめる大きな力になったのではないかと思っています。 大変でしたけれども、企業の方々など外部と接点を持てたのは良い経験になりました。この仕事を担当させていただけたことに感謝しています。

知財合意書を作成した後も、ケイ素プロジェクトとの関わりはありますか?

今は、研究成果を実際に使う段階の基本的な考え方をまとめているところです。これにより、成果普及をスムーズに進められればと思います。 また、ケイ素プロジェクトから生じた知的財産権をより良いものとしていくため、知的財産部のスタッフや外部の専門家がチームを組んで知財戦略を練っています。私も勉強を兼ねて、その会議に参加させていただいています。知財戦略は研究戦略と一体的に考える必要があり、とても重要なものです。

【研究成果を通した世界的な貢献に、組織の一員として役立ちたい】

梶川さんは、日々どのような思いで研究を支えているのですか?

産総研では一流の研究者と一緒に仕事ができますし、研究分野が幅広いのでさまざまな業種の人と接することができ、さらに日本だけでなく世界とつながりを持つことができます。そういう研究機関で研究を支援できるのは魅力的なことです。 また、私は、貧困問題や環境問題をはじめ途上国が抱える諸問題に関心を持っています。産総研は公的機関ですので、日本だけではなく世界に目を向け、世界中の人々の生活をより良いものにするような貢献をしてほしいですし、日本企業にも世界で貢献してほしいと願っています。私も組織の一員として、そうした幅広い貢献のお役に立てればと思っています。

今後の抱負を聞かせてください。

実は、10月からイノベーション推進企画部の所属となりました。改cut05 ここは、産学官連携、知的財産の活用、国際標準の推進、ベンチャー創出・支援、国際連携などを担うイノベーション推進本部の各部を統括し、イノベーションの創出と推進のための戦略策定、企画立案、プロジェクト等の推進を行う部署です。これまでとは違った視点から研究を支援していくことになるので、楽しみながら新しい仕事に取り組んでいくつもりです。

 

 

(聞き手・文=太田恵子)