第21回 固体触媒チーム 宮澤朋久主任研究員
『バイオマスからカーボンニュートラルな化学原料を創る』
【学生時代の研究テーマは、先端を行く「バイオマスの触媒ガス化」】
いつ頃から科学への興味が芽生えたのですか?
私は産総研つくばセンターの研究者では珍しく、つくばが地元です。1970年代に国立研究教育機関が首都からつくばへ集団移転したとき、物質・材料研究機構(当時は無機材質研究所)の研究者である父がその一環で赴任し、つくばで私が生まれました。
「科学の街」と称されるつくばで育つ中で、自然と科学への興味が芽生えたように思います。昔、地元ケーブルテレビのACCSで、市内の小学6年生全員に将来の夢を聞く番組があり、私は「宇宙開発の研究者になりたい」と答えました。宇宙に興味を持ったきっかけは、つくばエキスポセンター(科学万博つくば’85の恒久施設)の小学生向け天体観測に参加したり、そこのプラネタリウムによく遊びに行ったりしたことです。
同時にその頃から、オゾン層破壊など地球環境問題がクローズアップされるようになり、徐々にそちらへ興味が移っていきました。中学から高校の頃には、地球環境問題の解決につながる研究をしたいと思うようになりました。
大学では地球環境問題に関連する分野を専攻したのですか?
太陽電池に興味があったので、筑波大学の工学基礎学類に進学しました。しかしいざ勉強を始めると、思ったほど電気系が得意ではないことが分かり、その方面に進むのは厳しいと感じました。
一方で、冨重圭一先生の触媒化学の講義が非常に面白く、「触媒は裏方として働き、世の中のさまざまなものが作られている。また、地球環境問題とエネルギー問題の両方の解決につながり得るポテンシャルを持っている」という話に強く興味をひかれました。それで国森・冨重研究室に入り、大学4年から主に冨重先生のもとで触媒の研究に携わりました。
冨重先生は当時30代で、NEDOやCRESTの研究費を次々と獲得する新進気鋭の若手研究者でした。よく私たち学生に、「上から言われたことをやるのではなく、本当に自分が必要だと思ったことを、しっかり自分で考えてやらなければいけない」と話してくださったのを覚えています。
研究室で取り組んだ研究テーマは?
学部・修士・博士と一貫して取り組んだ研究テーマは「バイオマスの触媒変換」です。例えば、バイオマスのガス化ではタールの発生を防ぐため高温にする必要がありますが、触媒のどういう機能によって通常より低温で完全ガス化ができるか系統的に調べました。他には、液相反応によってグリセリン(C3H8O3)からプロパンジオール類(C3H8O2)を作る研究で、反応ルートの解明に取り組みました。
当時、バイオマスの触媒ガス化は新しいテーマで、先行研究が非常に少なく、きちんとした実験を行えば、新しい知見として論文に出来る時期でした。私は修士・博士の間に、筆頭著者で8報、第2著者以降を含めると約30報の論文を出すことが出来ました。また、プロパンジオール製造の論文は、基本的な文献の一つとして多くの方に読まれ、引用されています。
学生時代に、このように先端的でスピード感のある研究に携われたのは非常に運が良く、貴重な経験ができました。
【産総研中国センターで、日本初のBTLベンチプラントを使って研究】
産総研に入所後、どのような研究に携わったのですか?
大学院修了後は公的研究機関でバイオマス関連の研究をしたいと思い、2008年に産総研に入所しました。当時、産総研中国センター(広島県呉市)にバイオマス研究センターがあったため、入所してすぐ生まれ育ったつくばを離れ、広島へ行くことになりました。
私が所属したのは、BTL(*1)トータルシステムチームです。バイオマス研究センターでは、木質系バイオマスから液体燃料まで一貫して製造する日本初の「BTLベンチ試験装置」が完成したばかりで、私もこのプラントを使って実用化に向けた研究開発を行いました。
実験室規模で液体燃料を合成するのと、プラントを稼動して製造するのとでは大きな違いがあります。プラントを稼働すること自体が重要な仕事であり、またプラントで起こるトラブルなども研究対象となりました。
(*1)BTL(Biomass to Liquid):バイオマスから得られるガス化合成液体燃料。
ベンチプラントを使った研究は順調に進みましたか?
広島へ行って2年後の2010年に、産総研中国センターが呉市から東広島市へ移転したのですが、その際、BTLベンチプラントの移転に奔走するとともに、プラントの能力アップを図りました。
移転後も引き続き3年間、 BTLトータルプロセスの研究を続けました。実際には装置の改造、配管の調整、保温方法など物理的な問題解決にあたることが多く、なかなか論文になりにくい仕事が中心でした。
そういう中で、バイオマスから液体燃料製造に適した合成ガスを安定的に製造できるようになり、後半はそのガスを使ったFT合成(*2)という触媒反応の研究にシフトしました。
一連の研究により、日本初のベンチプラントで、バイオマス由来の液体燃料を安定的に製造できることを実証しています。
(*2)FT合成:1920年代にドイツのFischerとTropschによって開発された合成法で、触媒反応により合成ガス(一酸化炭素・水素)から炭化水素を作る。
【バイオマス由来のジェット燃料製造と、実用化への壁】
製造したバイオマス液体燃料は、どのような用途を想定したものですか?
航空機のジェット燃料です。自動車は、電気、燃料電池、水素などで動かす方向に進んでいますが、大型航空機をバッテリーで飛ばすことは重量の問題などからほぼ不可能で、どうしても液体燃料を使わざるを得ません。そのため、カーボンニュートラル(*3)なジェット燃料への需要が高まっています。私たちがベンチプラントで製造した燃料は、ジェット燃料の規格を概ねクリアすることまで確認できました。
2014年に「次世代航空機燃料イニシアティブ」が、産総研を含む国の機関や大学、航空関連企業などにより設立され、東京オリンピックが開催される2020年に向けたロードマップを取りまとめました。過去のワールドカップでバイオジェット燃料が導入された例があることから、日本でも2020年までにバイオジェット燃料の生産・供給態勢を整える必要があるとされ、製造法の一つとしてBTLトータルプロセスを提案しています。
(*3)カーボンニュートラル:バイオマス燃料中の炭素分は、植物が大気中の二酸化炭素を固定したものであり、燃焼させても大気中の二酸化炭素が増加しないとみなされる。
バイオマス液体燃料の実用化の見通しは?
先ほどお話ししたFT合成は、基本的には一酸化炭素(CO)と水素(H)から炭化水素(CnHm)を合成する手法です。天然ガスが豊富にある南アフリカやマレーシアなどでは、天然ガス由来の一酸化炭素を使ってFT合成を行い、石油の代替燃料を商業的に製造しています。
しかしバイオマス由来となると、バイオマスを一旦ガス化して精製する必要が出てきます。そもそも木材は安定した化合物であり、その強固な化学結合を切り離して一酸化炭素と水素の状態までバラバラにするには、約1000℃の高温で熱分解しなければなりません。そのプロセスでコストがかかるため、実用化のネックとなっています。
技術としてはガス化もFT合成も充分可能なのですが、商業的にコストが見合わなければ実際に世に出すことはできません。さらに、バイオマス燃料の需要は原油価格などの影響を受けやすく、原油安は逆風となってしまいます。原油価格が高騰する、あるいはバイオマス燃料の優遇税制を設けるなど外的要因が整わない限り、厳しいのが現状です。
【触媒化学融合研究センターで、ブタジエン製造技術の開発に取り組む】
昨年1年間は農水省へ出向していたそうですね?
産総研中国センターから農水省の農林水産技術会議事務局に出向するのは私で3人目となり、省を超えた交流が続いています。農林水産技術会議事務局というのは、農水省内で行う研究の基本計画等の策定と試験研究への助成、その審査、採択した研究テーマの運営管理などを取り仕切る部署で、経済産業省に例えるならNEDOのような役割を担っています。
農水省での経験は今後に役立ちそうですか?
これまで全く経験したことのない仕事をし、非常に勉強になりました。とくに、行政が研究に何を求めているのか、予算の審査や組み立てがどのように行われているのかを知ることができたのは、非常に大きな収穫でした。今後、自分が国家プロジェクト等の外部資金を獲得しようとするとき、どのような姿勢で臨むべきか心構えができたように思います。
今年4月に触媒化学融合研究センターに着任し、今後どのような仕事をしていくのですか?
私はこれまで、バイオマスから燃料や有用化学物質を作る研究をしてきましたが、固体触媒チームは私が一番やりたい研究ができる場です。
これから取り組むテーマは、バイオマス由来のエタノール(C2H6O)から、プラスチックや合成ゴムの原料となるブタジエン(C4H6)を作る研究です。NEDOの「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」(平成28年度〜33年度)のテーマの一つとして、今後、企業と共同研究を進めていくことになります。
なぜブタジエンに着目したのですか?
通常ブタジエンは、石油のクラッキング(触媒を用いて行う分解反応)でエチレン(C2H4)を製造するとき、連産品として作られます。しかし世界的なシェール革命により、シェールガスからエチレンが作られるようになりました。石油からエチレンが作られる量が減ると、連産品のブタジエンの生産量も減少し、需給バランスが崩れる懸念があります。
もう一つは、石油由来からバイオマス由来へ原料の移行を望む世界的な流れがあります。企業としても、数パーセントでもバイオマス由来の原料を混ぜられるようになれば、クリーンさをアピールして企業イメージを高めることができます。
そうした理由で、カーボンニュートラルにつながる技術の一つとして、バイオマス由来のブタジエンを作る技術開発が求められています。
ブタジエン製造に向けての課題や目標は?
すでにエタノールからブタジエンを製造する技術は存在し、バイオマスからエタノールを作る技術もありますから、バイオエタノールを使ってブタジエンを作ることは可能です。あとは、いかにコストを下げ、選択率を上げていくかが課題となります。
さらに、最終的にはエタノールを経由せず、バイオマスの持つ構造を活かしたまま、液相反応でブタジエンを作る研究に挑戦したいと考えています。触媒でうまく制御することで、ブタジエンを効率的に作れるようにするのが目標です。これはハードルが高く、挑戦しがいのあるテーマです。
【バイオマス由来の化学原料の実用化に挑み、地球環境への貢献を目指す】
バイオマスを活用する研究が必要とされる社会的背景は?
一つは地球環境問題の有効な対策になり得ることです。地球温暖化は極めて逼迫した状況にあり、二酸化炭素(CO2)の排出を削減しなければなりません。COP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)などでも、地球温暖化対策が待ったなしの状態にきていることが言われ続けています。
もう一つは、資源の有効利用というポテンシャルを有していることです。バイオマス資源は国内にもかなりの量があり、再生可能で使い続けられるのが魅力です。
燃料ではなく、化学原料の製造技術開発に舵を切ることは、今後重要性を増していきますか?
そう思います。カーボンニュートラルといっても、燃料として使うと燃やした瞬間にCO2が出てしまいますが、化学原料として使えばその製品が廃棄されるまでの間、CO 2をずっと固定し続けることになります。そういう意味でも、バイオマス由来の化学原料の製造技術を開発することは、今後の地球環境にとって重要な取り組みといえます。
そのカギを握る触媒研究の面白さとは?
触媒研究は、自分で一から設計や制御をし、意図した通りの特性が発揮されて反応が進んだときは達成感を得られます。ある意味ものづくりのようなところがあり、そこに面白さがあります。
今後の意気込みを聞かせてください。
これまでも企業との共同研究の経験はありますが、まだ実際に自分の研究が実用化されたことはありません。実用化を成し遂げ、自分の研究成果によって世の中を少しでも良くする方向に持っていくことが、研究者としての夢です。
触媒化学融合研究センターは技術を世の中に出すことを目指しており、私の所属する固体触媒チームも企業との共同研究を非常に数多く手掛けていますので、ぜひこの魅力的な研究環境を活かし、夢を実現したいと思っています。
(聞き手・文=太田恵子)