第23回 クロスアポイントメントフェロー 筑波大クロスアポイント 木島正志教授
『炭素の高機能化を目指す研究から、バイオマスプラスチックの開発へ』
【「良い物質に目をつければ、研究は古びることがない」と恩師から学び取る】
今回は、クロスアポイントメントフェローとして着任した木島正志さんに、有機合成化学における長年の研究や、藻類バイオマスを用いた新たな取り組みについて伺います。まず、どのような子ども時代を過ごし、いつ頃から理系に興味を持ったのか聞かせてください。
私は東京都足立区出身で、子どもの頃は荒川河跡の沼地の多い環境で泥んこになって遊んでいました。でも先頭に立つタイプではなく、性格は内気なほうです。
理系に興味が向いたのは、両親の影響があると思います。父が大学教員として研究に携わっており、母が理科教員であったため、生活の中にも何かしらサイエンスがあるような環境でした。
高校は理系クラスでしたが、数学が嫌いで、そのため物理にもすんなり馴染めませんでした。いま思えば、もう少し数学や物理を勉強しておけば後になって苦労せずにすんだのではないでしょうか。なぜなら、時代とともに研究分野の融合が進み、異分野の研究者とコミュニケーションをするうえで数学的・物理的な理解が必要となる場面が増えてきたからです。
本格的に化学への関心が深まったのは大学時代ですか?
いいえ、勉強よりも合唱サークルの活動に熱心でした(笑)。東京農工大学工学部に進んだのですが、4年生で有機合成の研究室に入ってからも、サークル活動の時間になると研究の途中でさっと帰ってしまうような学生でした。
そういう中でも、研究室では合成手法や薬品の取扱いを学び、ホスゲンという危険なガスを使った実験など貴重な経験をすることができました。卒論のテーマは、特殊な生理活性を持つアミノ酸を結合させてペプチドを合成する、というものです。原料となるアミノ酸を1個か2個つくっただけで終わってしまい、研究らしい研究をしたとは言えません。
大学院ではどのような研究に取り組んだのですか?
「世の中では、もっと多様で面白い機能材料の研究がされているのではないか」と考え、大学の外へ出てもう少し研究を続けてみようと、東京工業大学大学院総合理工学研究科に進みました。
私が所属したのは、機能性高分子を扱う大河原信先生の研究室です(博士修了時は定年退官され、遠藤剛先生の研究室に所属)。大学時代とは違い、朝から晩まで実験を繰り返す日々が始まりました。
研究室のメインテーマは、応用性の高い高分子触媒をつくることです。例えばバイオの世界には面白い働きをする酵素や補酵素がありますが、私が手掛けたのはバイオを真似した触媒機能を高分子に取り込み、実際の合成反応に応用できる触媒をつくることです。プラスチックの粉・ビーズのような高分子の表面に、ある機能を付けると、その粉を反応液に混ぜるだけで反応が起き、反応後にその粉を取り除くと生成物ができる。その反応がきれいで(副反応がなく)、しかも触媒の粉を簡単に取り除けるような便利なものをつくることを目指し、一応の成果をあげることができました。
恩師の大河原先生から学んだことは?
大河原先生は朝から夜遅くまで熱心に研究をされ、同時に外部の研究情報をこまめに収集し整理しては学生に教えてくださいました。よく体が続くと思えるほど勤勉で、そのような精神は研究をするうえで絶対に必要だと先生の姿から学びました。
また、当時大河原先生が機能性高分子として使おうとしていたいくつもの機能物質が、今も機能材料をつくるために使われていることには驚くばかりです。良い物質に目をつければ、研究は古びることがない。面白い機能物質を見つければ、後々まで絶対に役に立つ。改めてそう実感しています。
【筑波大学の白川研究室で、幻の物質“カルビン”に挑む】
大学院修了後はどのような道に進んだのですか?
東京都立大学(現首都大学東京)の助手を経て、1992年に筑波大学の白川研究室に講師として着任しました。
当時の白川・赤木研究室では白川英樹先生と赤木和夫先生(現京都大学教授)により、ポリアセチレンや液晶性導電性高分子の研究が精力的に行われていました。そこに私が一般的な有機合成の手法を持ち込み、以後、合成の研究が活発になっていきました。
白川・赤木・木島研究室での具体的な研究内容は?
白川先生が研究されていたポリアセチレンは、炭素(C)と水素(H)だけで構成されています。そこで私は、より単純な化学構造を持つ導電性高分子がよいだろうと考え、思い浮かんだのが炭素を二重結合や三重結合でつなげたカルビンという物質でした。
……−C≡C−C≡C−C≡C−C≡C−C≡C−…… ⇔ ……=C=C=C=C=C=C=C=C=C=C=……
。。。。。。。。。。ポリイン型。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。クムレン型
白川先生から何をしたいかと尋ねられたとき、白川先生もかつてポリアセチレンからカルビンをつくろうとした経緯があったので、何気なく「カルビンにも興味があります」と答え、それが私の研究テーマの一つになりました。
カルビンとはどのような物質か、もう少し詳しく教えてください。
カルビンとは炭素材料なのですが、今までにつくられたことがなく、存在も危うい幻の物質です。
炭素には、ダイヤモンドやグラファイトなどの同素体があります。ダイヤモンドは3次元性物質、グラファイトは2次元性物質で、それなら1次元性物質、つまり炭素が1本の鎖で直線につながっている物質があるはずだと、1960年代にロシアの研究グループが第3の同素体としてカルビンを提唱しました。実験的にもそれらしいものができていましたが、追試をしてもどうも怪しい。同素体は必ず自然界に安定な形で存在しなければなりませんが、カルビンは本当に同素体と言えるのかと疑問の声があがりました。
一方、地球科学や宇宙科学の研究者らが、隕石や地殻の奥深くからカルビン結晶らしいものを発見し、いくつもの論文が報告されています。
私自身は、例えば高分子のネットワークの中でカルビンをつくろう、あるいは電気化学的な手法で段階的になるべく長いものをつくろうと、さまざまな方向からアプローチしました。また当時、カルビンの存在を信じる研究者が共著で本を出版することとなり、私も一節の執筆を担当しました。(『Carbyne and Carbynoid Structures』Kluwer Academic Publishers,1999)
しかし、結局今もカルビンの存在は証明されていません。フラーレンやグラフェンなど新しい炭素が発見されたこともあり、カルビンは理論面でも実験的にも忘れ去られ、置き去りにされた物質の一つと言えるでしょう。
もしカルビンが見つかれば、教科書に新しいページが増えるほど夢のある研究テーマですね。
そう思います。純粋なカルビン構造をつくるのは無理でも、カルビンらしい構造を含むネットワークなら可能性が残されています。また、低分子の状態では三重結合の方が安定であり、三重結合系を持つ炭素は非常に反応性が高い。そのためカルビンを反応剤として使えるかも知れませんし、反応した後に面白い材料になる可能性もあります。
そう考えると、カルビンは可能性を秘めた幻の物質と言えるのではないでしょうか。半分諦めつつも、いつかまた発見されるかも知れず、私としてはカルビンを忘れずにいようと思っています。
カルビン研究からその後に役立つものは得られましたか?
炭素の三重結合への興味が深まったので、安定な三重結合を持つ蛍光分子を合成し、有機半導体などの発光材料への応用を目指す研究に着手しました。また、カルビン構造を持つ物質を使って炭素材料を効率よく合成し、その後の研究を独自の路線で展開させていくことができました。
【一つのポリマーが世の中を変えた、白川英樹博士のノーベル化学賞受賞】
話は前後しますが、白川先生のノーベル化学賞受賞にどのような感慨を持ちましたか?
白川先生がノーベル賞を受賞されたのは2000年で、筑波大学を退官された直後のことです。身近にいた先生が受賞されたのは、非常に嬉しいことでした。
白川先生はポリアセチレンを銀色に光るフィルム状に合成することに成功し、その後A.G.MacDiarmid博士とA.J.Heeger博士との共同研究によりポリアセチレンに電気が流れ、導電性高分子という新物質が認められることになりました。さらに、A.G.MacDiarmid博士とA.J.Heeger博士が現代的なアプローチでその分野を精力的に発展させていき、ノーベル賞関係者が認める業績につながったのだと思います。
導電性高分子の発見から20年以上もかかっていますが、その間ゆっくりとサイエンスの分野が成長し、最も成熟した時期にノーベル賞を受賞されたという印象です。
ノーベル化学賞を日本人が受賞した意義については、どのように考えていますか?
日本の化学は世界に誇れるものだと、日本中の化学者が勇気づけられたのではないでしょうか。もともと日本が強かった合成分野ではなく、マテリアルや高分子分野で受賞したことも衝撃的だったと思います。
白川先生のつくられたポリアセチレンは見た目も美しいし、構造的にも非常に素晴らしい。そして多くの化学者がそれを面白いと認め、新しい分野がどんどん広がっていきました。本当に素晴らしいポリマーを一つ作るだけで世の中がこれほど大きく変わるということを、白川先生のすぐ近くで実感することができました。
その後、白川先生との関わりは?
受賞前と全然変わることなく、今月も筑波大学で中高生を相手に実験教室をされるので、私もお手伝いをします。
なぜ白川先生は青少年の化学教育に熱心なのですか?
青少年の教育こそが、日本の化学を発展させるうえで重要だと考えていらっしゃるからです。私たちの身近なところにいろいろと面白いものが潜んでいますが、それを見つけ出す能力や、本当の面白さを理解する能力は、若い頃から鍛えなければなりません。そのため、新しいものづくりや化学実験の経験を通し、科学者の目や心を育てようという使命感を持たれています。
私も若い皆さんと接するのは楽しいので、できる限り実験教室に協力しています。私が実験教室を企画し、白川先生に来ていただいたこともあります。それは、チーグラー・ナッタ触媒を使ってポリアセチレンの膜をつくるという内容で、高校生・大学生を対象に筑波大学開学40周年記念事業として実施しました。
実験教室(2013年)の様子(左)と合成したポリアセチレンフィルム(右)
木島さんが白川先生から学んだ中で大切にしているものは?
白川先生は自主性を重んじる教育方針だったため、人任せにせず何でも自分でやらなければならないことを学びました。
もう一つは、白川先生が大学に寄贈された色紙に『自然のままに』という言葉があります。それに従い、面白いと思ったことは素直に受け止め、逆らうことなく流れに沿って、自分のやれること、自分に与えられた仕事を精一杯していくつもりです。
【炭素材料の研究と藻類バイオマスを融合させ、新産業創出の道を拓く】
木島研究室のテーマはどのような方向に広がっていますか?
面白い炭素材料をつくろうと、有機物の三重結合系から始まって炭素に変換する研究を続けてきましたが、今はバイオマス分野からグリーンケミストリーへと展開を広げています。
一つは、木質バイオマスのリグニン、セルロース、セミヘルロースなどをうまく利用し、優れた炭素材料に変換する研究です。炭素材料には、例えばカーボンファイバーやグラッシーカーボンのような高価なものから、活性炭やカーボンブラックなど安価なものまで幅広く存在します。そうした中、環境問題との関連も含めてバイオマスから優れた炭素材料をつくる取り組みは重要な研究課題です。
さらに、筑波大学の渡邉信先生が藻類からオイルを生産するという極めて重要な研究をされています。そのオイルを含む藻類バイオマスを燃料や飼料とするだけでなく、もっと別の用途で活用して筑波大学の研究の目玉にしようという動きが活発になり、『藻類バイオマス・エネルギーシステム開発研究センター』が設立されました。
そうした中で、バイオマスプラスチックや医薬品をはじめとするさまざまな化学製品の開発、新たなエネルギー源への応用などいくつもの候補があがり、グリーンケミストリー分野に乗り出すため学内から理工学系のメンバーが集められました。私もその一人です。
同時進行で産総研とのクロスアポイントメントの話が進み、木越英夫先生と私が産総研にフェローとして着任したという流れです。私の研究室に川島英久助教も加わり(彼がほとんどの仕事をしてくれているのですが)、少しずつ結果が出始めたところです。
もちろん藻類バイオマス関連の研究だけでなく、今まで行ってきた共役系高分子の発光材料や有機薄膜太陽電池材料の開発も継続しています。そうした研究をすべてバイオマスと融合させ、新たな展開に挑む。白川先生の『自然のままに』の言葉通り、拒まず流れに任せ、すべてを花開かせようと頑張っているところです。
藻類と出会ったことで、発想の変化や広がりはありますか?
環境のことを真剣に考えるようになりました。大学の研究は、工夫して優れた材料ができれば良いという面があります。しかし藻類バイオマスを扱う以上、CO2削減や工業製品としての実用性などを含め、社会に大きく貢献できるところまで到達させなければなりません。
プラスチックの原料となるオイルが藻類から大量生産されれば、CO2削減につながります。さらに、そのオイルからどんどんプラスチックを製造していけば、石油化学産業に替わる新しい化成品産業を創出できるでしょう。
【クロスアポイントメントで、研究と産業と社会をつなぐ】
クロスアポイントメントに期待することは?
藻類バイオマスプラスチックを実用化しようとしたとき、非常に特殊で高価な触媒を使ってできれば良いということにはなりません。環境にやさしい原料を使い、環境を汚さず効率よく生産できる触媒系を開発したうえで産業化を実現しなければならず、そのためには産総研とのクロスアポイントメントによる研究が必要不可欠です。
また、産総研に来ると「産業界とつながらなくてはいけない」と思い出させてくれますので、そういう意味でも非常に重要です。多様な人材と交流する機会を得ることができ、情報源が広がるので、大変恵まれた環境にあると感じています。今後研究が進めば、産総研が持つ企業とのコネクションを活かし、産業化に向けて展開していくことになるでしょう。
クロスアポイントメントを機に、これから挑戦したいことは?
藻類バイオマスからプラスチックを合成できれば、それをきっかけにさまざまな機能材料ができ始めると考えています。その第一歩となる初歩的なプロトタイプは、私たちの手でつくらなければなりません。それは夢でもあり使命でもあるので、全力で取り組んでいきます。
研究に使用するのは、筑波大学で生産するボトリオコッセンとスクアレンという2種類の藻類オイルです。石油由来と藻類由来では、見た目は同じオイルでも構造が違うため、プラスチックを合成するには大きなブレイクスルーが必要となります。
現状は、藻類オイルからプラスチックの材料となるモノマーを合成する段階で壁にぶつかっており、これを何とか打破しなければなりません。反応性の高い機能性モノマーさえできれば、それを重合して機能性ポリマーにするという次の段階はすみやかに進むと考えています。
藻類残査まで研究対象なのですね。
藻類からオイルをとると藻のかたまりが残りますが、それを炭素材料などに変換するのも課題の一つです。光合成で培養された藻類を、オイルから残査まで100%利用し尽くす。そうすることで、より一層環境にやさしいプロセスとシステムが完成することになります。
新材料の創出において研究者に求められることとは?
研究者が面白いと思ったテーマについて、仲間内だけで面白がるのではなく、世の中に向けて「この反応が実現すると、こういうものに役立ちます」というところまで証明し、理解を得ることが求められます。
たとえば藻類バイオマスの研究の場合は、「この藻類が育つと、これだけオイルがとれて、こういうプラスチックになります」というのを見せる。それによって、ようやく研究者と人間社会との間に接点ができることになります。
最後に、研究の楽しさとは?
実験をしているときは間違いなく楽しいですね。実験の楽しさにはいろいろあって、辛いことも楽しみの一つです。9割以上は失敗しますから大抵辛いのですが(笑)、その中で成功の兆しが見えることがある。それが次の研究に進むステップになるわけです。
ともかく私たち研究者は途中でへこたれず、壁をぶち破りながら前に進むしかありません。
(聞き手・文=太田恵子)