触媒固定化設計チーム

第27回 キャノン財団「助成先だより」韓立彪研究チーム長インタビュー

革新的有機ヘテロ原子機能材料の創製

「産業基盤の創生」第2回助成 助成期間:2011年4月〜2014年3月

助成期間中の先生の研究内容について

 

機能性リン化合物を工業生産するための触媒プロセス、および新製造法の開発と製品化

有機化合物と言えば、世の中的に炭素水素を指すことが多いのですが、私が早くから注目し、研究を続けてきたのは、有機リンや有機硫黄化合物でした。特にリン化合物は、工業的な用途もあり、いくつかのものが、企業から製品化の要望があることを、ある程度把握していました。私が勤めている産業技術総合研究所も、実用につながる研究を重視していましたし、やりがいのあるテーマでしたね。しかし、実際に自分が行っている基礎研究を製品として結びつけるというのはとてもハードルが高かったです。初期の研究は、JSTの科学研究費補助金やNEDO助成金などで進めましたが、基礎研究の段階でとどまっていました。製品化するという最終的なゴールまではなかなかたどりつかず悩んでいた時に、キヤノン財団の公募に応募し、採択されました。

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助成期間中、ビニルリン類※1を生産する、低コストで安定性を保てる触媒の開発が出来たのは、大きな研究成果のひとつです。さらに、製品として工業生産するための触媒生成プロセスの開発にも成功し、最終ゴールにまでたどりつくことができました。キヤノン財団の助成は、私にとっては、製品化実現に最後の一押しでしたね。

一般的に、基礎研究は、例えば、私の研究分野では、新しい反応を見つけ、それでもう終わりになるものがほとんどです。このように、ひとつの基礎研究から、製品として発展したケースは非常に少ないので、とても嬉しく思います。私は、研究成果をなるべく多くの人に使っていただくべきものですし、企業から需要があるのなら、それに応えて、最終的に製品にまでもっていくべきものだと考えています。この考えは功を奏したかもしれませんね。

※1 ビニルリン類: 分子にリンを持ち、ダイオキシンの発生要因といわれる塩素を含まないオレフィン化合物。

 

そもそもなぜリンに目を向けたのですか?

 

リンは、あらゆる生物、植物にとって、なくてはならない元素です。我々の体(大人)にはおおよそ500グラムのリンをもっていると言われています。リン化合物は、殺虫剤や除草剤などでよく知られていますが(いわゆる毒、マイナスのイメージが強いですよね)、実は、抗生物質、肝炎治療薬などの医薬にも広く使われています。リン関係でノーベル賞を受賞した研究者は16人以上も出ていますので、リン化合物は幅広い可能性を持っているものです。

しかし、一方で問題はその作り方でした。用途は幅広いのに、効率よく作れないのです。これを研究している研究者は少なく、産業技術総合研究所でも私のところだけです。有機リンにおいてその合成法は、約100年前からほとんど発展していません。一方で応用は飛躍的に発展しました。リン化合物を効率良く簡単に作れるようになれば、更に新しい応用につながるのではないか、という「直感」が働いたのがこの研究のきっかけです。当時は直感でやっていたのですが、結果的にそれが当たりましたね(笑)。

ビニルリン化合物にはどのような用途があるのですか?

 

主には、燃えにくいという特徴を生かした難燃剤

 

リンのひとつの大きな特徴として、燃えにくいということがあります。難燃剤という要素が強いのです。ビニルリン類もこの性質を持っています。ビニルリン類を少しいれてあげると、高分子が燃えにくくなります。電化製品、例えばキヤノンのコピー機にも難燃剤が入っていると思いますが、最近までは、ハロゲン化合物※2を使っていました。

しかし、中には徐々に有毒なものに分解するものや、燃やすときにはダイオキシンが発生するものがあるので、ヨーロッパをはじめハロゲン化合物を入れることを規制し始めました。そうなると電化製品などに使用する難燃剤をリニューアルしなければならなくなりました。それでリン系難燃剤の需要が高くなり、私が開発したビニルリン類にも多くの関心を寄せてきました。

 ※2 ハロゲン化合物: 塩素や臭素などの有機化合物。難燃剤として広く使われてきた。

 

研究助成後の進歩・発展は?

 

リン化学の研究は、緒についたばかりです。基礎研究も製品化研究もやるべきことがいっぱい。これらの実現に向けて、微力ですが、引き続き頑張っていきます。

・・一つ目は基礎研究を深めて、新製造プロセスを開発し、新たなリン製品を実社会に供給したい。

二つ目はリンのリサイクルを含め、リンを総合的に考えましょう、ということです。

膨大な仕事量ですので、多くの研究者の参加が必要です。とても、私だけの力ではできませんが、残念なことに、リンの研究者は非常に少ないのが現実です。まず、リンの研究者を増やすことから、始めたいと思っています。

リンは食物をつくるために重要な肥料としてもかかせません。日本は、100%海外からの輸入に頼っています。リン資源の枯渇が数十年内に到来すると言われています。リンがなくなれば機能性材料も、食物も作れなくなってしまいますから、リンのことを「戦略的」に考えないといけません。一刻も早く、国家レベルで、「高度なリン回収技術」、「高度なリン製造技術」と「高度なリン利用技術(省リン技術)」を軸とする、産学官連携による総合的な検討の実現を、つよく望んでいます。これらの技術が確立されれば、リンは輸入に頼らなくても、日本でも十分にまかなえるようになります。しかも、リンは高機能製品として、輸出でき、大きな経済効果をもたらすという計算なんです。お陰様で、以前に比べては、多少理解されるようになってきました。

 

研究者になろうとしたきっかけは?

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もともと実験が好き。若い時によく徹夜で実験しましたね。今でも現役でベンチワーク仕事をしており、フラスコを振っていますよ。化学の世界に入ったのはたまたまですね。大学生時代に恩師についてテルルの研究を始めたのは、プロ入りの始まりかなと思います。恩師から、研究は、人のまねをしないこと、オリジナルなものをやることとよく諭されていました。座右の銘ですね。固く守ってきました。そのせいか、自己流の研究(よく言えばオリジナルな研究ですが)が多かったですね。

では最後に、今年の夢はなんですか?

 

リンのイノベーション - 新産業の創出はまだまだこれから

 

普及活動の話にもつながりますが、リンのイノベーションです。
リンの問題は、最終的には戦略物質として、国家プロジェクトによる総合的な研究をやらなければならないものだと思っていますが、その実現に向けて頑張っています。リンはほとんどの分野で使われていますが、主役ではないことが多いので、なかなか注目されません。たとえば、これからますます発展するだろう電気自動車のバッテリーにもリンが多く使われていますし、無論、食とも深い関わりがあります。関係者に粘り強く説明し、理解してもらえるように、本業の研究活動の傍ら、普及活動にも積極的に参加していきたいと思います。
リンは宝の山。リンはすべての産業につながっていますし、その可能性はますます広がると思っています。特に、新産業の創出はまだまだこれからです。
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キャノン財団:助成先だよりより転載