触媒固定化設計チーム

第30回コラムシリーズ
座談会 化学産業を支える「ものづくり」のあるべき姿とは(2018年1月12日(金)日経産業新聞掲載)

―人にやさしい社会の実現を目指してー

 

 

 

製造業全体をけん引してきた日本の化学 産業を下支えする「ものづくり」は今後どうあるべきか。人にやさしい社会の実現に向けた 化学産業の役割などについて、新化学技術推進協会(JACI)の石塚博昭会長、産業技術総合研究所の小林修特定フェロー、経済産 業省の湯本啓市素材産業課長が議論した。

 

産業構造転換も変わらぬ「化学」の存在感

石塚 化学は「無から有を生み出す」無限の力のある学問です。現在の日本の産業界は完成品の出口のところが弱くなっているので、素材と部品が光っているものの(産業界全体として)だんだんと輝きを失ってきています。官学産の連携の場で、素材、部品、完成品といった3つの分野の人たちが一緒になった垂直統合のようなオープンイノベーションでなければ、日本の(完成品という)最後のところの輝きは戻ってこないと思っています。

 

湯本 素材産業(金属関係を除く)は日本の雇用者数、付加価値額の2割程度を占めます。自動車産業と肩を並べる規模です。そのうち化学は7〜8割を占めています。川上の素材メーカーは必然的に(川下の)強い海外勢と組まざるを得なくなっており、「すり合わせ」が強化されてますます海外の川下が強くなってしまう現状を変革していかなければなりません。

 

 

 

小林 化学は日本の基幹産業です。優れた人材の輩出が我々の役割です。例えば有機合成では多くの日本人研究者がノーベル賞を受賞していますし、将来の候補もいます。我々の基礎研究でもっと産業界に貢献できればという思いです。東京大学では(企業の)寄付講座を作れるようになり、産学連携に加えて教育もやるという社会連携講座も展開しています。

 

石塚 品質が高く競争力がある素材さえしっかりしていれば、たとえ日本の完成品メーカーが衰退しても、中国や韓国、台湾や米国などの強い完成品メーカーが日本の素材を買います。素材産業が自分たちだけのことを考えていれば素材だけは生き残っていくかもしれませんが、日本の産業界全体のチェーンが落ちていくと開発力が下がってしまいます。

 

湯本 (完成品メーカーが強かった)1990年代以降の苦境を繰り返してはいけません。素材、部品が強みを持っている間に、いかにもう一度新しいモノやサービスを生み出していくか。様々な分野でデジタル技術などを使って「モノ売り」から「コト売り」へのコンセプトやビジネスモデルの転換が起きています。素材産業がどう関与していくのかを注目しています。

 

小林 国立研究所や大学の役割はイノベーションです。企業同士の末端の競争は大学が関与しにくい面があります。もっと上流のところで、本当に優れた機能を持つものを狙ってどんどんやっていく。それには基礎研究が重要ではないかと思います。博士課程の学生をいかに増やして、かつ(人材の)クオリティーを上げていくか。ここに尽きるのではないかと思います。

 

石塚 幼い時から化学に親しんで「化学というのは本当に面白いね」という人たちをたくさん作っていかなければ化学業界や学問の底上げにならないと思います。化学や物理が純粋に好きだとか、世界の化学オリンピックで金メダルとか銀メダルを取った高校生たちが大学進学で理学部に来るかといったらそうではなく、医学部に行っているんです。

 

湯本 理科離れは心配です。小学生の時代には比較的、化学に関心を持つ子どもが多くても、中学、高校と上がっていくにつれてその比率が小さくなっていきます。受験の影響もあるかと思いますが、学習内容がだんだん化学に対する興味を持ちにくいものになってしまっているとの声もあります。最終的に一定数の人たちしか産業界に供給されないという点は問題です。

 

小林 東大では小中学生や高校生、一般の人も対象にオープンキャンパスを実施しているのですが、理学部が一番人気です。7000人以上来た年もあります。理学部の中には化学だけでなく物理や地球科学、生物もありますけど、少なくともサイエンスのところにそれだけの人数が来るわけですが、残念ながら受験指導になると変わってしまうわけですね。

 

「素材、部品、完成品で一緒にオープンイノベーションを」─(石塚氏)
「ビジネスモデルの変化への素材産業の関与に注目」─(湯本氏)
「環境だけでなく人にもやさしいものづくりを追求」─(小林氏)

 

持続可能な社会へ「フロー精密合成」の可能性

小林 基礎研究の成果を社会に役立ててほしいとの思いで立ち上げたのが「フロー精密合成コンソーシアム(FlowST)」です。医薬品に代表されるような高機能品は(製造工程ごと)釜で作る「バッチ式」による製造です。石油化学では連続の「フロー式」を採用していますが、少し構造が難しくなるとフローでは対応できず釜で作ろうということになっていました。しかし技術が進むとフローで対応できるようになります。例えばセルロースからずっと流しながら連続で、最後には薬とか液晶を作ることもできると思います。

バッチ式では多くのゴミが出てしまいますが、これが100分の1とか200分の1に減ります。日本は国土が狭いですが、(日本企業が)ものづくりをすべて日本国内でやることも可能ではないでしょうか。効率アップによるコスト削減、安全性の向上なども含め、将来の日本の社会にとっては良いところだらけのものづくりではないかと考えています。

 

 

石塚 確かに全体的なコストが下がり、安全であり、社会にやさしいものになります。社会にやさしいものづくりはどうあるべきか、というテーマにつながってくると思います。我々もずっと温かくこれに参画していこうとして頑張っています。ぜひフローの技術とAI、IoTを組み合わせてほしいですね。

 

小林 フロー式にはAIやIoTが入ってこなければならないと思います。環境にやさしいのは当たり前ですけど、人にもやさしい技術、ものづくりになるのではないかと。この取り組みは2年前に東大の私のところに4、5社が来て勉強会をやろうというところから始めたのですが、産総研でFlowSTを立ち上げたところ58社も集まりました。ここには化学、製薬だけでなく、分析や装置メーカーなど様々な企業が入ってプラットフォームを形成しています。学生たちも研究に参加しています。これをモデルにイノベーションを起こしたいです。

 

湯本 異業種や異分野から新しいアイデアや気付きをもらうようなオープンイノベーションを、ますますやっていかなければならないと思っています。経産省では「ConnectedIndustries」という政策を推進しています。最近ではネットやシステムを通じて(企業や研究機関が)様々なデータを相互に利用できるようになっています。データを共有することで「こういうこともできるよ」という提案が来たり、その逆をやってみたりということが、昔と比べ実現しやすい環境になっているのではないでしょうか。

 

石塚 JACI は2015 年に「東京宣言2015」を出しました。「グリーン・サステイナブル ケミストリー」を軸に、地球環境との共生による持続可能な社会の実現などを提言しました。地球は資源エネルギーや水・食糧の問題、地球温暖化に直面しています。こうした課題をブレークスルーできるのは、やはり化学なのです。例えば「バイオマス化学」のように、社会性があって環境にやさしくても、まだ経済合理性が伴っていません。ここで官と学の皆様のお力を借りて、日本の産業界がいかにどうやって勝ち抜いていくかです。

 

湯本 持続可能性に対する世の中の受け止め方はこの20年で大きく変わっています。国連の持続可能な開発目標(SDGs)やパリ協定のように、みんなで対策に取り組まなければならないというモメンタム(勢い)は圧倒的に高まっています。環境や社会、企業統治への取り組みを評価する「ESG投資」が注目を集めていますが、かつては一部の人たちだけの取り組みだったものが、今では投資の一つのスタンダードです。そういう側面から、もう一段、二段のブレイクスルーや経済合理性の改善が必要ですね。

 

小林 私はもともと大学にいたのですけれど、クロスアポイントメント制度(大学教員と産総研研究者の兼務)ができたため数年前から産総研でも研究を進めています。産総研は色々な組織が柔軟に対応できる体制になっており、非常にポテンシャルが高いと思っています。ぜひ企業の皆さんには産総研を活用してほしいです。

 

 

(2018年1月12日(金)日経産業新聞8面掲載)