触媒固定化設計チーム

第32回 クロスアポイントメントフェロー
筑波大クロスアポイント 礒田博子教授

『地中海・北アフリカ地域に伝わる食薬文化のエビデンスを示し、新産業を創出する』

【グロスアポイントで、有用な食薬資源と触媒変換技術が“融合”】

今回は、2017年2月1日にクロスアポイントメントフェローとして着任した筑波大学生命環境系教授の礒田博子さんにお話を伺います。礒田さんは筑波大学の地中海・北アフリカ研究センター長で、現地の食や薬用植物の研究をしていますが、その研究が産総研触媒化学融合研究センターとどのように結びつくのか教えてください

 

私は、地中海・北アフリカ地域の“食薬文化”(薬草など)を研究対象としています。伝承的な薬効を科学的に裏付け、現地のユニークな生物資源を活用して新産業を創出するのが目的です。

 例えば、チュニジアはオリーブの栽培面積が世界2位、生産量は世界4位で、国土の面積のほとんどがオリーブ畑です。私たちの研究で、チュニジア産のオリーブの中に、ヨーロッパ産の10倍から30倍ものポリフェノール成分が含まれているものがあることが分かっています。

 

 

オリーブオイルは健康に良いと日本でもブームになり、国内の消費量がここ10年で20倍に急増しています。実は、オリーブオイルをとった後の搾り滓には、機能性の高い成分が豊富に含まれていますが、ほとんど有効利用されていません。そこで、触媒化学融合研究センターの触媒技術で、より有効性の高いものに変換できないか相談しました。すると間もなく、出発物質より非常に価値の高い物質への変換を実現してくれたのです。(写真は、チュニジア-日本2012シンポジウムのご案内より引用)

 

 

その化合物の機能性を調べたところ、ユニークな生理活性が見つかり、触媒化学融合研究センターからの知財化を進めています。

このように、「伝承的な薬効を持つ地中海・北アフリカ地域の食薬を、触媒技術で付加価値の高いものに変換し、その効果を科学的に検証する」という研究を複数走らせています。

 

地中海・北アフリカ地域に貢献するだけでなく、日本にも役立つ研究なのですね。

 

いま、国連がSDGs (Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)を提唱し、先進国と途上国が共に問題解決に至るような事業が推進されています。研究の発端は地中海・北アフリカ地域の食薬資源ですが、それを私たちがより健康で豊かに生きるために役立てる。日本は少子高齢化社会で非常に大きな問題を抱えており、“寝たきりが平均9年”という極めて深刻な実態があります。その9年を、高いQOL(Quality of life)を維持しながら幸せに過ごせるよう、食薬研究を役立てたいと考えています。ただ、食習慣を変えたり制限したりする方向にいくと辛くなってしまいます。個々の嗜好性を尊重しつつ健康を維持できるようなかたちで、研究者としてエビデンスの面から貢献できればと思っています。

たくさんある植物の中から、どのように有用植物を見つけ出すのですか?

地中海・北アフリカ地域では古代ローマの時代から、薬草が病気治療に使われてきた長い歴史があります。医療の現場で使われてきたものの情報を集めると、膨大な植物の中から科学的にアプローチしやすい分類ができます。

いま、筑波大学の地中海・北アフリカ研究センターには、約900種類にのぼる現地の薬用植物データベースがあり、研究目的に沿ってポテンシャルのあるものを選べるようになっています。このデータベースを民間企業に広く活用していただき、製品化の過程で私たち研究者が共同研究をするという取り組みを、産総研とも協働で進めて行きたいと考えています。

 

礒田さんは、触媒化学融合研究センター内に設立された「生物資源と触媒技術に基づく食・薬・材創生コンソーシアム(略称:食・触コンソーシアム)」副会長を務めていますが、民間企業との連携はしやすいですか?

 

筑波大学でも民間企業との共同研究を活発に行うことはできますが、触媒化学融合研究センターで従来と背景の違う企業までお付き合いが広がり、化学メーカーにも食や生物資源の有効利用に関心を持っていただくことができました。今後は共同研究が増え、事業化に向けた間口が広がっていくでしょう。

 

科学的に正しいものを、多様な企業が正しく使える仕組みづくりが期待されますね。

 

製品を市場に送り出すにあたり、企業の方から「実際に研究をしたアカデミアの研究者から情報を発信してもらうのが良いのではないか」という声も寄せられています。私たちが情報を発信しつつ、エビデンスを蓄積し、それを企業に伝える。そうした役割を担うベンチャー企業の設立も望まれています。

 

【企業の研究職として商品開発を経験し、“研究を社会に役立てたい”と意識】

ここで、礒田さんの履歴を伺いたいと思います。研究者としての土台が形成されたのはいつですか?

筑波大学を卒業後、雪印乳業(株)で粉ミルクの基礎研究に携わった時代です。小児免疫の領域で、粉ミルクのさまざまな成分を機能性の観点から研究しました。細胞レベルから動物レベルの実験、臨床試験を経て厚生省の認可を得るところまで、3つの粉ミルクの商品開発に参画しました。そうした経験を通し、基礎的な研究をしていても、それを社会還元につなげたいという意識が身についたように思います。研究というのは、どこかで社会に役立つことが必要だと、常に強く思い続けてきました。

 

「技術を社会へ」という産総研の方向性と共通していますね。

クロスアポイントメントのフェローとして、まさに同じ考えを持つ研究者の皆さんと一緒に仕事ができ、非常にうれしく思っています。

企業を退職後、筑波大学社会人大学院、米国コーネル大学、筑波大学準研究員、国立環境研究所とさまざまな研究の場を経験したことは、いま役立っていますか?

任期付研究員として研究をしてきた時期が長かったのですが、幅広い経験を積み、さまざまな研究ノウハウや技術を蓄積できたことが、今につながっていると思います。また、つくば研究学園都市の叡智は世界トップクラスであり、長年つくばで研究生活を送れたことをとても幸せに感じています。

 

【地中海・北アフリカ地域を対象に、文理融合型研究とフィールドワークを展開】

筑波大学で、地中海・北アフリカ地域の研究に携わることになった経緯は?

2000年頃、チュニジア政府が日本からの円借款でテクノパークを立ち上げることになり、日本の大学に共同研究を呼びかけ、筑波大学が2004年に「北アフリカ研究センター(現:地中海・北アフリカ研究センター)」を設立しました。私の上司がチュニジア政府との窓口を務めており、準研究員として教授のサポートをしたのが始まりです。

同研究センターでは、バイオサイエンス分野、環境・エネルギー分野、人文社会学分野、ICT・イノベーション分野の4分野で、文理融合型の研究を推進しています。私はバイオサイエンス分野ですが、理系の研究者からすると文系の先生と一緒に研究をするというのは普通では考えられないことです。しかし実際にチュニジアやモロッコ、エジプトなどに一緒に行くと、現地の言葉や文化を知り現地に溶け込んで研究をされる文系の先生は、私たちより遥かに多くの情報を収集されます。その成果が、先ほどお話ししたデータベース作成の大きな力となりました。また、地中海・北アフリカ地域の歴史背景や国際情勢なども、文系の先生に教えていただきました。

 

現地でのフィールドワークをどれくらいしてきましたか?

2002年から18年間、毎年現地を訪ねており、これまでチュニジアに約70回、モロッコに約15回、エジプトに5、6回行っています。冒頭でチュニジアのオリーブについてお話ししましたが、ほかにも現地で伝承的に食べられているもの、お茶として飲まれているものなど、幅広く研究対象としています。

 

現地から日本へ来て研究をするケースもありますか?

大学として、学生を育てるのも重要な役割です。地中海・北アフリカ地域からすでに60〜70人が筑波大学に留学し、博士号や修士号の取得、共同研究などさまざまな形で学んでいます。彼らにとって文化の近い欧米と違い、日本は“ユニークで技術力の高い国”。日本の文化や技術を目の当りにし、帰国後に母国で役立てたいと思う学生が多いようですね。そうした学生たちが将来、日本企業が現地に進出する際の足場になってくれることを願っています。

 

【SATREPSの事業で、現地初の産学連携モデルを導入】

現在進行中の主な国際プロジェクトは?

JST(科学技術振興機構)のSATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)に、『エビデンスに基づく乾燥地生物資源シーズ開発による新産業育成研究』(北アフリカ食薬資源の高度利用による新産業育成を可能に)が採択され、平成27年度にスタートしました。相手国のチュニジアとモロッコに最先端の機材を供与し、それを使いこなして先端研究ができるよう人材育成もしています。

SATREPSの事業は世界中で60案件が進行中で、さまざまな国が技術立国・日本の技術を導入しており、日本政府が掲げる「科学技術外交政策」に則った事業が各国に浸透しています。

礒田さんは、SATREPSの意義をどのように捉えていますか。
伝承的な食薬文化へ科学的にアプローチする研究について、現地の反応は?

私たちが研究をすればするほど、現地の皆さんが「私たちはこんなにたくさんの資源を持っていたのに、なぜ素晴らしさに気付かなかったのだろう」と大変喜んでくださっています。現地の若い研究者を取り込んで一緒に研究を進めており、そうした新しい視点で学んでくれることを期待しています。

 

研究の進展について、手応えを感じる部分は?

私はこれまで、現地で交流するのは主に研究者でしたが、最近は民間企業との交流が始まっています。それは、研究をSDGsビジネスにつなげるというミッションがあるからです。現地では、研究機関と民間企業が産学連携するという経験が乏しい状況でした。そこに、産学連携が盛んに行われている日本のスタイルを反映し、「民間企業が研究機関のエビデンスに支えられる製品を開発し、産業化していく」「研究機関は、民間企業の支援によって、より豊かな研究をしていく」という現地で初となるモデルを導入しました。7月4日に国務長官のコーディネートのもと調印式が行われました。

 

 

国をあげて研究の推進と産学連携を歓迎しているのですね。

研究が産業化に結びつき、その産業が発展するのは国にとって非常に大きな利益となります。かつ、2010年にEU市場に対する農産物の関税が撤廃され、チュニジアやモロッコの農産物はEUと自由貿易競争に入りました。今後いかに自国の産品をブランド化し、輸出の振興につなげるかは国として大きな課題であり、そこに日本の知恵や技術が求められているわけです。

 

具体的な事業化の動きは?

特許を取得したものや、製品化され販売の段階に来ているものが複数あります。サプリメント、化粧品の美白剤や育毛剤など、SDGsビジネス事業が今年度中に立ち上がることが決まり、来年度には発売の報告ができる予定です。

私たちが現地との共同研究で得たエビデンスに基づき、日本の民間企業が現地で原料を確保し、日本で製品化します。これは、日本製は品質が高いと世界市場で評価されているからです。事業が成功したら、次の段階で現地に工場を建てて生産していくことを視野に入れています。

 

【約40種類のバイオアッセイで有効な成分を検証し、製品化につなげる】

礒田さんの研究を支える多様なバイオアッセイについて教えてください。

バイオアッセイというのは、バイオ(生物)アッセイ(検定)=生物検定で、ヒト由来細胞や動物(疾患モデルマウス)を用いて、新しい生理活性機能の探索や評価をする手法のことです。

私の研究室には、新たに開発したものから、既存の手法を改良したものまで、約40種類のバイオアッセイがあります。神経細胞、筋肉細胞、脂肪細胞、骨の細胞、皮膚細胞、腸管細胞など、細胞毎にモデルをつくりました。これにより、神経機能調節、免疫機能調節、代謝調節、皮膚機能調節、腸管機能調節、がん抑制、生活習慣病予防などの機能性を評価することができます。おそらく、これほど多数のバイオアッセイを持っているところは他にないと思いますし、網羅的な機能性解析のツールとして改良して行きたいと考えています。

 

その中で、特徴的なバイオアッセイは?

従来のバイオアッセイは、抗腫瘍や抗アレルギーなど、病気予防に役立つ食の成分を探索する評価系にニーズがありました。それに対し私たちは、健康な人が、より健康になることを目的とした評価もしています。抗ストレス、抗疲労、代謝促進など非常に曖昧な概念を、細胞レベルや動物レベルできちんとモデルとして構築し、有効な成分を検証できるようにしました。

また、化粧品に適した素材を検証するため、皮膚機能の評価系も数多く構築しました。例えば美白については、色素成分であるメラニンの産生を制御する機構を評価します。また毛生えと白髪予防の効果を兼ね備えた物質を最近発見し、製品化に向けて動き出しています。

ほかにも、現地で高血圧の人が食べる赤い実があり、その伝承薬効に基づき、現地からの留学生が糖尿病のモデルマウスを使ってデータを取ったところ、まず体重増加が抑えられ、血糖値が改善され、遺伝子レベルでも高い効果があるという画期的な成果を得ました。

最新の研究としては、脳機能の解析があります。私たちは、ある食の成分に記憶学習機能の改善、抗老化作用があることを分子生物学的に評価しました。行動実験で記憶学習機能が改善されたマウスの脳をオックスフォード大学の共同研究者に送り、免疫染色という解剖学的手法で神経新生の効果がどの領域で活発になっているかを調べていただいたところ、記憶学習の領域が非常に活発になっていました。私たちの研究成果が脳の解析で裏付けられたこととなり、非常に感激しました。これを製品化し、世の中に送り出したいと考えています。

 

今後、挑戦したいことは何ですか?

生物資源の科学的根拠を明らかにし、良いものであれば製品化し、社会実装につなげることです。それは常に挑戦してきたことであり、今後も挑戦し続けたいことでもあります。この十数年蓄積してきた研究成果を、上手く世の中に役立てていく仕事に一層力を入れていきます。

 

 

 

(聞き手・文=太田恵子)