触媒固定化設計チーム

第1回 研究センター 長の佐藤一彦氏インタビュー

「C」から「Si」の時代へ
ケイ素化学が持つ無限の可能性を追求
人と技術の融合がブレークスルーをもたらす

本年4月、独立行政法人 産業技術総合研究所に設立された「触媒化学融合研究センター」。この研究センターの一つの研究テーマとして、ケイ素化学技術が取り上げられている。
本研究センターの役割や目的、そしてケイ素化学技術の将来展望などを、研究センター長の佐藤一彦氏にお伺いした。

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機能性化学品のさらなる発展のために
触媒技術の革新を目指す

「触媒化学融合研究センター」が、本年4月から始動しましたが、まずは設立の経緯や目的などを教えてください。

佐藤  わが国の化学産業は、製造業の中でも出荷額で2位、付加価値額では1位となる主要産業です。その一方で、製造時の二酸化炭素や産業廃棄物の排出量でも上位 を占めているのが現状です。この化学産業を支えているのが国際的に高い競争力を持つ機能性化学品で、世界シェアの約7割を日本企業が占めています。化学産 業の将来を見据え、また日本の強みである機能性化学品をさらに発展させるために、そのコア技術である触媒化学を基盤とする革新的な合成技術に取り組み、経 済的にも環境の面からも優れた機能性化学品の開発や、製造プロセスの環境負荷低減技術の開発を行うことが今回の研究センター設立の目的です。

な ぜ融合なのかというと、これまで触媒技術は、固体、錯体、溶液など、それぞれの応用分野ごとに独自に研究・開発され、個別の技術として発展してきました。 しかし、触媒技術の革新的なイノベーションを実現させるには、現状のような個別に技術を深めていくやり方ではブレークスルーをもたらすことは難しい。より 高いレベルの目標を達成するには、幅広い分野にまたがっている触媒技術を融合させ、さらに作用としては触媒と同じ働きをしているバイオ系の変換プロセスな ども取り込んで、みんなで知恵を出し合って研究を進めていく必要があるのです。

具体的にはどのような組織になるのでしょうか。

佐藤  組織としては、ケイ素化学チーム、革新的酸化チーム、官能基変換チーム、ヘテロ原子化学チーム、触媒固定化設計チームの5チーム体制で、ケイ素化学技術、 革新的酸化技術、官能基変換技術、触媒固定化技術という4つの課題に、複数のチームが関わり、それぞれの発想や知恵を融合させて取り組みます。高いレベル の目標を掲げると、おのずと融合させなければ達成の道は見えてきません。従来とは全く違うフェイズの新しいものを生み出すための融合であり、複数の企業や 大学を巻き込み、分野をまたがって産学連携で挑みます。やはり、同じ場所でディスカッションしたり実験をしたりすることが大事で、本当の意味の集中研にし て、実用化までを視野に入れて取り組んでいきます。今回私たちが挑んでいる未来開拓研究プロジェクト「有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発」は、 10年という長期的なプロジェクトで、じっくりと課題に取り組みつつ、途中途中でも実用化できる技術は市場化してほしいという要求がありますので、できる ところから実現していきたいと思っています。

砂からダイレクトに有機ケイ素原料が取り出せれば化学産業の革命に

では、「有機ケイ素機能性化学品製造プロセス技術開発」についてお話をお聞かせいただけますか。

佐藤  この有機ケイ素に関する技術開発は、研究センターの目玉のプロジェクトの一つです。課題は二つあり、一つは、砂から直接、有機ケイ素原料を取り出すプロセ スを開発すること。そして、もう一つはその有機ケイ素原料から高性能・高機能有機ケイ素材料を製造することです。なぜにケイ素かというと、ケイ素は炭素と 同族元素で、他の元素と結合できる手を4本持っているという共通点があります。しかし現実は、炭素化学に比べてケイ素化学の遅れは50年とも100年とも 言われています。実際、ケイ素の反応では5、60年前に開発された触媒が現在もそのまま使われています。私が学生の頃は、ケイ素の二重結合は存在しないと 言われていましたが、1980年代には合成され、三重結合も2004年に合成されています。まだまだポテンシャルのあるケイ素の遅れているところを、何と かしていこうというプロジェクトです。実は、一つ目のテーマが一番難しいのですが、これが実現できたら、砂が資源になりますから、日本も資源国になれま す。

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砂から直接、有機ケイ素原料が取り出せたら、省エネにも環境の面でも非常にいいですね。

佐藤  そうですね。さらにその先の部材・素材ということでは、有機ケイ素原料から繊維ができたらインパクトがあると思っています。砂から繊維を作るなんて夢物語 のように思えるかもしれませんが、石油から繊維ができたのだから、不可能なことではないはずです。もちろん、石油から繊維やプラスチックが作られるまでに は大きな技術の壁がありました。でも、実は日本のケイ素化学の学術的レベルは世界でもトップクラスなんですよ。ただ残念ながら、それが産業に結びついてい ないのが実情です。学術的な研究も、応用としての技術も両方が大事なわけで、私たちがその橋渡しをして、産業界の人も学術界の人も一緒になって、実用化レ ベルまで持っていこうというのが、このプロジェクトなのです。現状、ケイ素産業は炭素の200分の1くらいのスケールと言われていますが、このプロジェク トがうまくいったら、同じくらい、あるいはそれ以上に広がるんじゃないかと期待しています。

実用化すれば、有機ケイ素原料はこれからの時代に欠かせない原料になりますね。

佐藤  何といっても、ケイ素は地球上の地表付近に存在する元素としては約25%と、酸素に次いで多いのですから、これを利用しない手はありません。しかも、石油 のように偏在していませんからね。最初は、砂から直接、有機ケイ素原料を取り出すなんて無理だという声が多かった。でも、言い続けていると、周りもだんだ ん興味を持つようになってきて、違う分野の方から「こんなこともできるんじゃないか」と私たちの発想とはまた違ったアイデアが出てきたり、基礎研究の先輩 や仲間からも「できることがあったら、協力するよ」と言っていただけるようになってきました。現在、ケイ素は炭素ではできない高機能な部分を担っています が、そういうニッチな世界ではなく、炭素に置き換わるような汎用レベルまで持っていくことをイメージしています。炭素とケイ素と両方使えるけど、どっちに しようか。やっぱりケイ素にしようという事例が、私が現役のうちに一つでもできれば、と思っています。

研究は生きもの
個人や組織の活性化が成功のカギ

高い目標に向かって、人も技術も融合させて取り組んでいくということですね。

佐藤  さまざまな分野の人が集まると、最初は言葉が通じないかもしれない。でも、そこを超えると自由なディスカッションができ、いろんなアイデアが出てくるもの です。そもそも、化学というのは人と人との結びつきなんです。Good Chemistryは、相性がいいという意味があります。どんな仕事でも同じですが、人と人、そこが最大のポイントだと思います。まさに、研究は生きもの です。触媒を発見するのだって、コンピュータが考え、機械が混ぜるのではダメなんです。研究には個人のキャラクターが反映されるし、集団として組織のキャ ラクターが出てくる。だから、個人も組織もいい状態にしないと何も生まれてこない。産学官の連携も、もちろん機械がやるものではなく、人と人です。いい人 間関係ができれば、研究もうまく回っていく。そうするとますます人間関係がよくなる…といったように、好循環するようなやり方が大事です。まず、個人個人 をアクティベートして、その人のエネルギーを良い方向に導き、互いの関係をよくし、組織のポテンシャルを高めていく。

組織やチームの雰囲気で、出てくる結果も変わってくると。

佐藤  研究は思い通りにならないことの方が普通ですから、気持ちよく働けるというのはとても大事です。ですから、人が集まってくる面白い組織にして、常に活性化 させていきたい。産総研は、いろんな研究者がいますから、周りに相談することもできるし、ディスカッションなどで互いに刺激し合って相乗効果が発揮されま す。そうすると、研究も加速していきます。また、設備もそろった恵まれた研究環境ですので、人と技術を融合させて、いい研究成果を出していきたいと思って います。

佐藤センター長が触媒となって、組織を活性化され、素晴らしい成果が出ることを期待しています。今日はお忙しいところ、ありがとうございました。

 

*1:信越化学工業株式会社「シリコーンニューズ」Vol.135、P.4-P.5特別インタビューより転載