触媒固定化設計チーム

第17回 かけ算の力でイノベーションを推進 座談会

産学官連携を強化するクロスアポイントメント制度

これまで、北海道大学と産総研は、触媒化学に基づくイノベーション創出事業を推進することを目的に、合同シンポジウムの開催や産総研からの客員教授の派遣など、研究者の連携、交流を進めてきた。
2015年4月以降は、クロスアポイントメント制度を活用して北大から西田まゆみ教授を迎え、連携をさらに加速させている。
この制度の活用により、イノベーションの推進や人材育成など、さまざまな成果が期待されている。

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トップクラスの研究開発体制で触媒研究のハブになる

産総研は今年4月、北大の西田まゆみ教授をクロスアポイントメントフェローとして迎えましたが、その理由はどのようなものですか。

佐藤 北大の触媒化学研究センターは触媒研究の学術的な拠点であり、産総研触媒化学融合研究センターは実用触媒研究の拠点です。これまでも北大と産総研は包括連携協定のもと、講演会の開催や客員教授の派遣などの交流を行ってきました。クロスアポイントメント制度の発足にあたり、西田先生を正式に産総研の職員として迎えることで、触媒研究に強みと特徴をもつ両者が連携をより強め、日本の触媒研究のハブとしたいと考えたのです。

触媒はものづくりの基盤技術であり、この研究分野ではこれまで10名を超えるノーベル賞受賞者が出ています。画期的な新触媒の開発によって、私たちの社会は多大な恩恵を受けてきましたが、今後もその可能性を秘めています。

西田 私はもともと北大で准教授まで務め、その後、化学メーカーで触媒の研究開発に従事しました。現在は北大で教授として産学連携を担当しています。

企業にいたころは、論文で発表された触媒を実用化につなげる厳しさを実感してきました。たとえば気相反応では触媒を繰り返し使うのですが、最初の数回の収率が高ければ、論文として発表はできるのです。しかし産業界では触媒の寿命を数カ月から数年単位で考えますし、収率が1 %異なれば数千万円以上の影響が出てくることもあります。論文よりずっと厳しい条件で使えなければ、実用化は難しいのです。今回、産学官をすべて連携させるこの制度を知り、ぜひ産学の橋渡しをさせていただきたいと思いました。

佐藤 アカデミアからは毎年数千もの新しい触媒が出てきますが、実用化に結びつかないものがほとんどです。
しかし私は、触媒は実用化されてこそ意義があると考え、産業に役立つ触媒の技術開発を目指しています。西田先生のような経歴をもつ方は少なく、産学官の連携を進めるにあたって最適な人材だと思っています。

西田 これまで触媒に関して北大の触媒化学研究センターに問い合わせてくる企業の方に「産総研の触媒化学融合研究センターに紹介する」と伝えると、大学と産総研双方の触媒を名前に冠する研究センターが連携していて、その窓口が一つのようであることに驚かれ、また、とても喜ばれました。今回、私が正式に両者の職員になったことで、連携はさらに加速していくと思います。

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人工知能も活用して研究をスピードアップ

現在、北大と産総研で取り組んでいる研究開発はどのようなものですか。

佐藤 触媒研究は化学品製造技術の要で、社会と密接にかかわっています。産総研でも触媒を持続可能な社会の実現に向けたキーテクノロジーの一つとして考え、副生成物が水だけの酸化技術をはじめ、革新的な触媒技術の研究を進めています。私たちがクロスアポイントメント制度を活用して行うのは、まず、西田先生の研究テーマであるイオン液体を技術シーズとして、クリーンな社会の実現へ貢献できる材料を開発し、実用化する研究です。

また、空気の資源化プロジェクトも立ち上げる予定です。空気は酸素と窒素からできていますが、もし触媒技術によりこれらからアミノ酸をつくることができれば、最終的に空気から肉がつくれる可能性もあるわけです。夢物語のようですが、実現の可能性は高いと思います。

このプロジェクトは西田先生にまとめ役をしていただくとともに、産総研の人工知能研究センターや理化学研究所の協力も仰いでいます。新しい触媒はこれまで、論文を読み作業仮説を立て、表面科学や計算科学からの知見を得て、実験を繰り返してようやく発見できるものでした。しかし、過去の論文やノウハウなどをビッグデータ化し、人工知能を活用して目的に合った触媒を効率よく見つけることができれば、研究開発の期間は大幅に短縮できると考えています。

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西田 触媒探しの初期段階の実験では、本当にネガティブデータばかり出てくるので、時間はかかるし、研究者は大変な忍耐を要求されます。人工知能の活用で効率化が進めば、研究のあり方は大きく変わると期待しています。

かけ算の効果で人脈も広がる

北大と産総研との役割分担は。

佐藤 クロスアポイントメント制度の本来の目的から考えれば、北大の基礎研究の成果に産総研が“色づけ”して、企業に橋渡しして実用化する、ということになります。
しかし私たちは、実用化につながる触媒を発見するところから手がけたいし、また、若手研究者の育成もしていきたいと考えています。北大と産総研のかけ算の効果でどんなものが生まれてくるか、私自身が楽しみながらチャレンジしています。

西田 具体的には、佐藤研究センター長が研究の推進役を務め、プロジェクト立ち上げの構想、企業との交渉などを含めたプロジェクト全体のとりまとめを私が担当しています。

隅田 私はプロジェクトのアドバイザーとして、企業との共同研究の交渉、費用面や特許、契約関係など、実用化を考える際のバックアップをしていきます。私は西田先生が企業に在職していたときの上司でしたが、二年前にリタイアしてから、産業界で培ってきた経験や人脈を産学官連携の分野で役立てたいと考え、現在は北大の客員教授として西田先生のサポートをしています。

佐藤 西田先生をお迎えしたことで、西田先生をサポートされている隅田先生も加わり、隅田先生が企業で構築された人脈にまでご縁ができる。かけ算の効果は、このようなところにも発揮されています。大きなことを成し遂げるには、自分一人ではできません。人脈は名刺の数ではなく、お互いの「信用・信頼の輪」の広がりです。これも、大きな意味でクロスアポイントメント制度の効果と言えるでしょう。

イノベーション推進とマネジメント人材の育成が使命

プロジェクトの今後の展開についてお聞かせください。

西田 空気を資源化するには酸化と窒素固定が必要ですが、窒素固定は自然界では根粒バクテリアがしています。生物ができることなら私たちでも何とかできるはずと思っています。本質の原理原則を見つけ、それを応用して人工的に再現すればよいわけですから。人工知能を活用して、5年後を目処に実用化を目指せるような成果を出していきたいです。

隅田 実際は、実用化に至るまでには相当苦労すると思います。しかし、「できますか?」と聞かれた西田先生が、「できません」と答えたのを聞いたことがありません。とてもポジティブです。経験上、成功する人はみんな、ポジティブで辛抱強いですね。

今後、連携を進めていくにあたり、どのようなことを意識していますか。

隅田 現在は研究開発の世界で実用化がブームであり、技術シーズを実用化に結びつける多様な手法やプログラムが用意されています。私は科学技術振興機構の「ACCEL」のプログラムマネージャーもしていますが、どの手法が有効であるのかまだわかりません。その意味でも今回の連携によるイノベーション推進を成功させ、実用化の有効なモデルとして実証していきたいです。プロジェクト・マネジメントができる人材の育成まで含め、成果を社会に還元していければよいですね。

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佐藤 基礎的・学術的な観点でアカデミアを牽引する力と、実用化マインドや実用化実績、プロジェクト・マネジメントのセンスや経験を高いレベルであわせもった研究者を育成することも、私たちの大きな役目です。そのような人材が多く出てくれば、研究成果の実用化のスピードも上がるでしょう。私たちとのかかわりを通じて、若手研究者の将来の可能性が広がるような研究センターにしていきたいと思っています。

西田 私は北大でクロスアポイントメント制度を利用した第一号です。今回の連携がうまくいけば、この制度を利用した産学官の連携がより広がっていくでしょう。いろいろな立場や分野の方が集まり、連携することで相乗効果が生まれ、課題の解決につながっていきます。他分野との連携も含め、研究シーズの実用化と企業ニーズの研究シーズ化のために、この制度をめいっぱい活用していくつもりです。

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♦ クロスアポイントメント制度 ♦

経済産業省と文部科学省が、組織の壁を越えた研究体制を構築することを目指したクロスアポイントメント制度に関する基本的な枠組みを2014年12月26日に発表。研究者は複数の機関と雇用契約を結び、一定のエフォート管理の下で、どちらの機関においても正式な職員として業務を行うことができるようになりました。産総研では2014年11月よりこの制度を活用しており、「橋渡し」研究の中核機関として、大学などの基礎研究から生まれたすぐれた技術シーズを企業に「橋渡し」するための研究を推進しています。また、「橋渡し」機能の強化を図るとともに、高度研究人材の流動性を高めるため、「橋渡し」人材の育成なども行っています。

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産総研 LINK /2015.09より転載