触媒固定化設計チーム

第4回 安藤 亘 顧問インタビュー

『自然界に学び、新しいケイ素化学種の発見に挑む』

【半世紀前にアメリカでケイ素化学と出会い、基礎研究の重要さを痛感。】

安藤先生は、ケイ素(Si)を中心とした有機化学研究で世界的に有名ですが、そもそもどのようなきっかけでケイ素の研究を始めたのですか?

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もう50年も昔のことになりますが、アメリカのイリノイ工科大学大学院に留学し、S.Sujishi教授のもとでモノシラン(SiH4)誘導体の研究をしたのが始まりです。当時モノシランガスは、ロケット燃料として盛んに研究されていました。その後、ブルクヘイブン国立研究所(N.Y.)や大阪府立放射線中央研究所で放射線化学を用いてケイ素化合物等の反応を研究し、アメリカに戻ってカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のC.S.Foote教授のもとで活性酸素の研究に取り組みました。このとき私たちが、世界で初めて活性酸素の働きを化学的に証明しています。それからプリンストン大学のM.Jones教授のもとで活性な2価炭素(結合の手を2つしか持たない炭素)の研究をし、それが後のケイ素化学の研究に大いに役立ちました。

当時はまだ渡米する日本人も少なかった時代ですが、日米の研究環境の違いをどう感じましたか?

日本は応用研究が盛んでしたが、アメリカでは基礎化学に力を入れていました。当時、「アメリカに追いつけ」が日本社会の合言葉でしたが、もっと基礎研究をしなければとても追いつけないと感じました。ほかにも、アメリカの分析機器は非常に性能がいいし、日本では手書きで資料を写していたのにコピー機も出始めていて、日米の差は大きかったです。
そうした中、アメリカでたくさんの研究者や新しい学問と出会えたことが私にとって大きな収穫となりました。実は、そのままアメリカで就職し研究を続けたいと考えたこともありましたが(笑)、当時は外国人を受け入れる所が少なかったので帰国したんです。

帰国後、安藤先生は日本のケイ素化学を牽引されてきました。

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日本では、群馬大学、筑波大学でそれぞれ活性酸素、活性ケイ素の研究を続けました。この間、私は平成8年に日本ケイ素化学協会を設立し、初代会長に就任しました。一つの元素で学会を作ったのは世界ではじめてのことでした。

まさに、日本のケイ素化学の父とも呼べる存在なのですね。これまで安藤先生は、たくさんの賞も受賞されていますね。

アルゼンチン有機化学会賞(平成2年)、フンボルト賞(独・平成4年)、日本化学会賞(平成6年)、アメリカ化学会賞(=Kipping賞・平成8年)を受賞したほか、紫綬褒章(平成9年)、瑞宝中綬章(平成21年)を受章しました。

【酵素の触媒的な働きに注目。バイオ技術で新しいケイ素材料を創る。】

ケイ素というのは一般にあまり馴染みがありませんが、どういう元素なのですか?

ケイ素は地殻に含まれる元素の中で、酸素に次いで2番目に多い元素です。周期表では炭素の下に位置する同族元素で、電子配置が似ています。その炭素とケイ素を比較すると、地球上にわずかしかない炭素が幅広く利用され、たくさんあるケイ素はあまり人類に貢献していません。そこで、なんとかしてケイ素で炭素の真似ができないか、同じ性質を見つけ出そうという研究が昔からされてきたわけです。

ようやく類似性が見つかってきて、産業上きわめて重要な元素として利用されるようになりました。ガラス、陶磁器、セメントをはじめ、耐熱材、絶縁体、分子ふるい、樹脂、半導体、光ファイバー、ホトルミネセンスポリマーなど多種多様な工業製品、さらに化粧品、人工骨、人工血管、コンタクトレンズといった生体適合材料に広く用いられています。特に近年は、ナノスケールで材料の合成を厳密に制御する技術が求められるようになりました。

ケイ素の合成技術を改善する有効な手法はありますか?

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私が注目している方法の一つは、ケイ素のバイオ技術です。現状では、ケイ素関連製品の生産には高温高圧の条件、または強酸、強アルカリなどの触媒が必要とされています。もう少し穏やかな反応条件で生産できるようにすれば、コストやエネルギーが節約できる。それを実現するには、自然界から学ぶことが非常に多いと思います。
なぜなら、生物はきわめて温和な条件でケイ素を含むミネラル(アモルファス含水シリカ)を生産します。珪藻類をはじめ高等植物、放散虫、海綿動物、腕足動物、軟体動物などの生物が年間数億トン単位のシリカ(SiO2)を生産し、沈殿して堆積岩となっています。こうした生物は、酵素が触媒的な働きをして、ナノ構造でバラエティに富んだ形状のシリカをつくることができるのがポイントです。今は、どの酵素からどういう形のものができるかを調べている段階です。

そうした生物界の仕組みを利用して進んでいる研究はありますか?

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私の友人でカリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のD.Morse教授が、海綿動物のシリカティン(シリカ+プロティン)を発見し、これを使って中性条件でTEOS(テトラエトキシシラン、Si(OC2H5)4=工業的に使われているシリカ合成の原料)と混合しシリカを生成することに成功しています。
一例を挙げると、酸やアルカリを使ってゾルゲル法で合成する従来の方法ですと多孔質のシリカができますが、シリカティンを酵素として働かせて合成すると針骨状のシリカができます。両者とも同じ元素で構成されているものの、針骨状の方が断然緻密さに勝っています。こうした研究が進めば、生物の力を借りたシリカナノテクノロジーが実現できるかもしれません。

他に、自然のプロセスと関連し、安藤先生が注目しているトピックにはどのようなものがありますか?

一つはゼオライトです。生物プロセスを利用した結晶合成ができれば、低温で効率よくさまざまな種類のゼオライトが作れるようになるでしょう。とくに穴の大きさを変えることで、酸素と窒素を簡単に分けられるようになりますし、セシウムやストロンチウムを取除くのにも使えます。エネルギーを使わずゼオライトを通すだけで分離できますから、より高機能な分子ふるい材料として活用できると思います。
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もう一つはイネ科におけるケイ素の働きです。ケイ素は自然界に単体としては存在しておらず、植物は通常ケイ酸(Si(OH)4)の形でケイ素を根から吸収して茎や葉に運びます。とくにイネ科はケイ素を集める植物として知られており、もし籾殻からシリカを取り出せれば非常に役立ちます。しかし、ケイ酸の有機錯体ができるのかどうか、まだよく分かっていませんし、稲の根と茎と葉ではそれぞれケイ酸の状態や働きも異なっています。そうした複雑なメカニズムを解明し、ケイ素の集積量を人為的に調節できるようになれば、世界中で応用されていくと期待できます。

【バイオ技術による材料革命と、ナノ技術で拓く無限の応用。】

バイオ技術やナノ技術と融合することで、ケイ素材料は大きく変わりそうですね。

その通りです。例えばシリカは砂やガラスの主原料ですが、工業的に先端ケイ素材料を作り出すには一旦シリカをTEOSやシリコンにしてから反応させなければなりません。そのTEOSやシリコンにする段階で非常にエネルギーとコストがかかってしまうので、そこの部分を生物が自然にやっているプロセスを真似できないか。それが私たちの重要なテーマの一つです。

アルカリ条件下でシリカとエチレングリコールやカテコールという有機化合物と反応させると、ケイ素と有機物の結合したものができることが知られています。この仕組みが使える反応を見つければ、有機物ですから今より簡単に処理できそうです。それから、食物繊維の主原料であるセルロースが、もしかしたらシリカの吸収を助けている可能性も考えられます。こうしたことから、もし酵素や触媒を使って砂や木材から直接ケイ素を取り出せれば、人類にとって将来的にも有益なことと思えます。

今も人工的に微細構造のシリカを作ることは可能ですが、酵素を使えばさらに微細な構造のものを作れます。表面積を大きくすれば、より工業的に役立つ材料となるので、期待は大きいです。こうした研究を進めることにより、ナノ構造のケイ素材料を低温で安く効率的に作ることも、新しい構造のケイ素材料を容易に作ることもできるようになるでしょう。

まさに材料革命と言えそうです。そうしたナノ構造のシリカは、どのような分野への応用が期待されますか?

工業的な応用は無限にあると言えるでしょう。生物酵素は触媒であると同時に金型の役割もして、非常に複雑なシリカ構造を作りあげます。これを利用すれば、半導体結晶も非常に効率よく、低温、低価格で作れるようになります。

また次の5年間で商品化できそうなものもたくさんあります。例を挙げるなら、蓄電池、光起電機、高機能赤外検出、超音波画像医療処理、触媒、高表面積電極や効率的な電池、安価な集積回路、ハイブリッド膜太陽電池などです。

【世界が注目するケイ素プロジェクト。生物分野との融合でブレークスルーを。】

安藤先生は触媒化学融合研究センターの顧問として、ケイ素プロジェクトをどのように導きたいと考えていますか?

今あるプロジェクトを助けるだけでなく、常に先手を打ってプロジェクトの新たな展開を模索していきます。そのためにぜひ取り入れたいのが、先ほども話したバイオ技術です。私は、生物や疑似生物が効率的なプロセスを持っていることに強く魅せられていて、次の世紀には生物革命があると考えています。

今や、『Nature』や『Science』をはじめ主なジャーナルに掲載される論文の7割が生物関係です。皆さんの刺激剤になればと思い、そうした中から面白そうな論文を選び出してセンターの研究者に月1回配信し続けてきました。ケイ素だけを研究していても駄目で、いろいろな分野に目を向け、異分野の人と出会い、新しい方向を見つけ出すことが何より大切です。同じフィールドにしか興味が持てないと、進歩がありません。

化学者が生物分野に参入するのは意外と楽ですが、その反対は難しいです。化学者は生物の元になる最小単位の「分子」で話を構築するからです。せっかく産総研がケイ素の研究をするからには、こちらから生物分野に踏み込んで融合を図りたい。そういう良い出会いを見つけることが、私の大切な役割の一つでしょう。

異分野が融合し新しい分野を開拓するというのは、大きなチャレンジですね。

それには時間的ゆとりが必要ですが、早く成果を出すことを求められる状況ではなかなか難しいです。昔は基礎的なものを見つけてから産業化されるまで、今ほど時間がかかりませんでした。今は基礎研究にも応用研究にも非常に時間がかかります。例えば炭素繊維も、実用化まで何十年もかかっています。

ケイ素について言えば、私が習った6、70年前の化学と変わっていないんです。今からそれを変えるには、かなり集中して取り組まなければならないでしょう。簡単ではありません。しかし、ヘテロ原子化学や炭素原子化学、分子生物学との融合にブレークスルーの鍵があります。

とくに若い研究者には、大いにさまざまな分野の人とディスカッションし、自分のフィールドを広げてほしいですね。入口が狭かったら、「運」も入ってきませんから(笑)。

安藤先生が、常に新しいものを求めてきた原動力は何ですか。また、化学者にとって最大の報酬とは何ですか?

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やはり、世界を相手にできることでしょう。世界中の研究者と出会い、友達になったりケンカ相手になったりするのが面白い(笑)。良い研究をすれば、誰かが必ずついてきて競争相手ができる。競争相手がいてはじめて喜びが出てくるものです。さらに、研究成果が世の中に認められることに喜びがある。もちろんそれが製品化されれば、もっともっと喜びは大きいでしょう。とくに日本は資源の少ない国ですから、応用の広いケイ素化学は大きな夢を描ける研究です。

最後に、触媒化学融合研究センターのケイ素プロジェクトへの期待を聞かせてください。

化学のなかでもケイ素についてはまだ解明されていないことがたくさんあります。だからこそ、研究分野としては魅力的なんです。ですから、産総研のケイ素プロジェクトを世界が注目しています。私自身、この研究プロジェクトから成果が出るのを楽しみにしていますし、きっと出ると思います。

日本はいつまでもアメリカの後を追うのではなく、産総研から世界をリードする新たな研究を作らなければなりません。のんびりしてはいられませんよ(笑)。

(聞き手・文=太田恵子)