触媒固定化設計チーム

第5回 官能基変換チーム 富永健一研究チーム長インタビュー

『二酸化炭素や植物を原料に、有用化学品合成の新たなプロセスを開拓』

【偶然出会った二酸化炭素の研究が、化学者としての主要テーマに】

富永さんは子どもの頃から科学少年だったのですか?

理科や科学一筋で進んで来たわけではありません。ただ、子どもの頃から自然が好きで、高校時代は登山に打ち込んでいました。春夏秋冬、日本アルプスをはじめとして各地の山々に登ったものです。山に登ると自然の偉大さや人間の小ささが肌で感じられ、自分を見直す機会を与えてくれる気がします。                                        

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大学で理学部に進んだときは、何に興味を持ち、何を学びたいと思ったのですか?

 入学当初は情報科学を専攻するつもりでした。しかし、自分には技術的な分野が向いていると考え直し、軌道修正して化学の道に進みました。
大学4年生の時に環境化学をテーマとする研究室に所属したのですが、たまたま当時は二酸化炭素の分解に関する研究が中心となっていました。1990年頃はバブルの終末期で日本の景気が良く、一方で将来の地球温暖化への不安を人々が感じ始めた時期です。
ちょうどその頃、玉浦裕教授が二酸化炭素を炭素に分解する反応を見つけ、『Nature』に論文が掲載された直後だったこともあって、研究室が非常に盛り上がっていたのです。

そうして偶然出会った二酸化炭素の研究が、今日まで続いているのですね。

その通りです。産総研の前身である工業技術院公害資源研究所(後の資源環境技術総合研究所)で、二酸化炭素を原料として有用化学品を合成する研究をされていた佐々木義之さんから声をかけていただき、大学卒業後すぐに入所することになりました。
当時、二酸化炭素を使った化学反応はあまり知られておらず、まして有用なものを合成する化学反応となると現在でも限られています。二酸化炭素は反応性が低く、仮説を立てて実験をしても大抵失敗してしまい、その繰り返しでした。そうした中で佐々木さんが、200度以下という、当時としては低い温度で二酸化炭素を一酸化炭素に変換する反応を発見されました。それがターニングポイントとなり、二酸化炭素のさまざまな反応を開発する研究が今日まで続いてきたわけです。

富永様インタビュー原稿_写真付き2_140219.pdf - Adobe Acrobat二酸化炭素を一酸化炭素に変換する反応で想定される中間体

【危険な一酸化炭素から安全な二酸化炭素へ、基幹プロセスでの原料転換に成功】
二酸化炭素を一酸化炭素に変換する反応は、その後実用化に向けて研究が進められたのですか?

いいえ、実用化への展開に辿り着くまで約10年もかかっています。二酸化炭素というのは、物なら燃やした後に、生物なら呼吸した後に出てくるのもので、いわば有機物の最終形です。それを有効利用するにはエネルギーを加えなければならず、「そうまでして二酸化炭素を使うことに意味があるのか」と問われる時期が長く続きました。

富永さんは、二酸化炭素を使う意味をどこに見出したのでしょう?

研究を続ける中で、二酸化炭素の持つ別の面に気付きました。それは、二酸化炭素は安全な物質だということです。地球温暖化に影響を及ぼすものではあるけれど、生物に直接影響を与えるほど毒性の強いものではありません。
一方、一酸化炭素は毒性が強い。一酸化炭素はアルコールや酢酸の合成をはじめ化学産業で幅広く使われていますが、危険性が高いため工業規模で扱える企業は限られています。そこで二酸化炭素を一酸化炭素に変換する反応を使い、これまで一酸化炭素を原料としていた反応を二酸化炭素に置き換えれば、より多くの企業で安全な二酸化炭素を使って化学品を合成できるようになります。

具体的に、どのような反応を開発したのですか?

ヒドロホルミル化反応(オキソ反応)というアルデヒドやアルコールを合成する反応において、一酸化炭素を二酸化炭素に置き換えることに成功しました。ヒドロホルミル化反応は、化学品を製造する工業プロセスの中でも基幹プロセスの一つにあげられます。現在は、企業との共同研究を進めているところです。

ようやく出口が見えてきた今、克服すべき課題は何ですか?

いかにコストを抑えるかです。私の開発した反応では、触媒としてルテニウム(Ru)という金属(金属錯体)を使いますが、それではコストが嵩みすぎてしまいます。
ただ、実用化に向かう段階で必ずコストの壁は立ちはだかりますが、そこには新たな展開への可能性も潜んでいます。高価な金属を安価な金属に置き換えるなどさまざまな工夫を重ねる中で、新しい発見が生まれ、それをベースに次のテーマを展開できる場合もあるからです。自分一人で研究をしていると世界が狭くなりがちですが、共同研究で外部の方の視点を取り入れることにより、広い視野で研究を見つめることができました。

【ハイブリッド酸触媒により、セルロースから効率よくレブリン酸を合成】
富永さんのもう一つの主要な研究テーマである「バイオマス原料の化学的変換技術」も注目を集めています。
まず、この研究を手掛けた経緯を教えてください。

富永様インタビュー原稿_写真付き3_140219.pdf - Adobe Acrobat  例えば光合成のように、植物は人間の知恵が及ばない仕組みのもとで効率よく二酸化炭素を使っています。そういう植物の力を借りて、植物が固定した原料を使って化学品を合成できないだろうかと考えたのが始まりです。
 最初は糖を原料として、自分の思いつく触媒を使って何ができるか試してみました。そうした中でレブリン酸を合成できることが分かったものの、どのような用途があるのか最初は見当もつきませんでした。まったく新しいテーマのため、それくらい暗中模索だったのです。そして試行錯誤する中で、セルロースからもレブリン酸が合成できると判明しました。そのレブリン酸を調べていくと、アメリカなどで一部の研究者に注目され、研究が進められているようでした。ほどなく、多種多様な化学品に変換できる基幹物質であることが次々と発表され始め、この10年間で高いポテンシャルを有する物質であることが広く知られるようになりました。
そうした背景のもと、レブリン酸を効率よく合成する技術の開発を目指したわけです。


レブリン酸合成の効率を高めたカギは何ですか?

従来、レブリン酸を合成するには硫酸や塩酸など多量の酸が必要とされ、装置が傷みやすく、廃液の処理も大変でした。そこで私が開発したのは、少量の酸で、セルロースから一段でレブリン酸を合成する技術です。
具体的には、反応は一段で行ないますが、その中に大きく分けると2つのステップがあります。まず前半でセルロースが糖に分解され、後半で糖が脱水・異性化してレブリン酸ができる。その2つのステップでそれぞれ最適な酸の種類が異なるため、ルイス酸とブレンステッド酸という2種類の酸を組み合わせ、効率よく反応を進めることに成功しました。2種類の酸を組み合わせたので、「ハイブリッド酸触媒」と呼んでいます。これにより、従来に比べ二桁以上も少ない酸で合成が可能となりました。
セルロースというのは非常に奥深い材料で、水素結合と分子間力による結合という、相反する2種類の結合から構成されています。その両方を分解するのに適した反応系を見つけたところが成功のカギと言えるでしょう。

【多様なメリットと用途を有するレブリン酸が、バイオマス利用の可能性を広げる】
セルロースを原料にレブリン酸を合成するメリットは何ですか?

メリットは3つあります。いま、バイオマス利用で最もよく知られている化学品にバイオエタノールがありますが、それと比較すると分かりやすいと思います。

1つ目のメリットは、セルロースを直接原料に使い、反応速度の速い化学反応でレブリン酸を合成できる点です。バイオエタノールの場合は、発酵で合成するため時間がかかります。

2つ目は、セルロース中の炭素を有効に使える点です。エタノール発酵の場合、セルロース中の炭素の3分の1が二酸化炭素となって抜けてしまいます。しかしセルロースからレブリン酸を合成すると、レブリン酸と蟻酸が同量でき、どちらも化学原料として活用することができます。

3つ目は、蒸留できる点です。植物にはセルロース以外にもさまざまな成分が入っていますが、エタノール発酵を阻害する成分だけを取り除くのは困難です。一方、レブリン酸を合成する場合はセルロース以外の成分が阻害となることはなく、またそれらは反応後、蒸留によりきれいに分離することができます。

レブリン酸は、今後どのような分野で実用化が見込まれますか?

まず、エンジニアリングプラスチックの原料として実用化を目指します。これについては、すでにNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトにおけるテーマの一つとして、企業18社が参加する共同研究が進んでいます。
他にも、各種機能性プラスチック、燃料添加剤、農業分野(光合成促進剤・生分解性除草剤)などで実用化の可能性があります。現段階ではレブリン酸についても、コストをいかに抑えるかが課題です。今後、コストに見合うレブリン酸が大量に合成できるようになれば、発展が大いに期待できるでしょう。

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レブリン酸の用途

【良いテーマを地道に追い続ければ、必ず研究の山(ピーク)が巡り来る】
これまでを振り返り、産総研の研究環境をどのように感じていますか?

私が入所した91年頃は、「新しいテーマを開拓しながら人を育てる」という時代の空気がありました。入所のきっかけは二酸化炭素の研究でしたが、上司である佐々木さんが専門とする有機合成と、私が大学で学んだ分解反応では全然ジャンルが違います。それでも、「二酸化炭素を使って新しい分野を拓きたい」という思いが強かったので私に声をかけてくださったのでしょう。

私は大学時代に正統な有機化学の教育を受けたわけではありません。それを思うと、触媒化学融合研究センターにはいろいろな人材が集まっていることを改めて実感させられます。そして、そこに強みがあるのではないでしょうか。なぜなら、型にはまらない思考が融合することで、新しくて面白い発想が生まれやすくなるからです。

化学者として独自のテーマを開拓し、新しい反応を発見し、実用化への道筋をつける。富永さんがそれを成し得たのは、研究環境や時代背景も後押しをしてくれたのですね。

確かにそうだと思います。もう一つ実感しているのは、研究には波があるということです。富永様インタビュー原稿_写真付き5_140219.pdf - Adobe Acrobat
例えば二酸化炭素の研究は、これまで3つの山がありました。1つ目は70年代半ば、二酸化炭素が化学原料に使えるという学術論文が出された「学」から生じた山。2つめは90年代前半、地球温暖化問題を背景に「官」から生じた山。そして今は3つめの山が来ており、これは実用化に向けて「産」から生じた山です。このように研究には山と谷(停滞期)が繰り返し訪れるものなので、研究を地道に続けていれば必ず次の山がやってきます。ただし、それが良い研究テーマであることが条件です。

今後、挑戦したい研究テーマは何ですか?

いま進行中の研究は、まだまだ発展の余地があります。植物を原料に合成できる化学品はたくさんあり、レブリン酸はその一つに過ぎません。また、二酸化炭素を原料に合成できる化学品も、まだ他にたくさんあるはずです。
化学者として一番の喜びは、新しい反応を発見することです。自分の仮説通りに反応が進むことは1年に1度あるかないか。その陰で膨大な試行錯誤を繰り返しながら、今後も新しい反応の発見に挑み、新しい有用化学品を作り出したいと思います。

最後に、研究者に求められる資質とは何だと考えますか?

謙虚さでしょうか。二酸化炭素やセルロースを扱ってきた中で私が感じたのは、人間は自然法則から逸脱したことはできないということです。自然から謙虚に学ぶ姿勢を持って研究を続けていけば、必ず次のステップに進むことができると考えています。

(聞き手・文=太田恵子)