第8回 革新的酸化チーム 田中真司研究員インタビュー
『オリジナルな基礎研究を実用化につなげる研究者を目指す』
【研究室の恩師に鍛えられ、社会や世界への目を開かれた修業時代。】
田中さんは平成25年4月に産総研特別研究員(ポスドク)となり、今年4月から正職員になったところですね。そこで今回は、学生時代の経験や若手研究者としての意気込みなどを伺いたいと思います。まず科学との出会いについてですが、子どもの頃から科学に興味を持っていたのですか?
いいえ、典型的な科学少年というわけではなく、中学生や高校生の頃はむしろ文系科目の方が得意でした。
理系に興味が向いたのは、親から「職業とするなら理系の方がいい」と言われたのがきっかけです。ちょうど高校時代は環境問題がよく話題にのぼる時期だったこともあり、一番やりがいがあって一番大きなテーマは環境問題だろうと考えました。それに携わるなら化学の分野だということで、大阪大学に進学し化学を専攻しました。
研究室を選ぶ時は何を重視しましたか?
いくつか選択肢がある中で、触媒をメインテーマとする真島研究室を選びました。決め手は、研究室紹介の時に真島和志教授が「うちの研究はすべて、最終的にプラントになるレベルでやっていく」と実用指向をアピールされたことです。実用化も視野に入れた高いレベルの基礎研究を目指すのが真島教授のスタンスで、実際に私も企業との共同研究を経験しました。
学生時代、真島教授にかなり鍛えられましたか?
とても厳しい教授で、毎日のように説教をされていました。繰り返し言われたのは、「研究者として生き残るためには、常に自分を鼓舞しなければならない。落ちぶれないよう意識しなさい」ということ。それは、常に成果を出し続けて、「この研究分野ならこの人」と名前があがる研究者になれということです。
田中さんは2度の短期留学を経験されていますが、なぜ海外に出ようと思ったのですか?
真島教授が積極的に留学を勧めてくださり、博士課程に進む学生は2度の留学が慣例のようになっていました。修士課程はとりあえず海外に慣れるための留学、博士過程は世界で戦えるスキルを身につけるための留学、という位置づけです。私は修士過程でウィーン工科大学へ、博士過程でヨーロッパ最高峰の研究機関であるスイス連峰工科大学チューリヒ校(ETH Zürich)に留学しました。
留学を機に再認識したのは、英語を学ぶことの重要性です。また、海外では積極的に振る舞わないと孤立してしまうので、留学を経験したことで少しは社交性が増したのではないかと思います。
積極的に自分をアピールする姿勢は、研究者として大切なのでしょうね。
真島研究室では、「講演会が開かれたら博士課程の学生は必ず質問をすること」とされていました。他の研究者の発表を聞いて、即座に本質を理解するのは極めて重要です。若手研究者が学会や講演会で良い質問をすることは、自分の能力をアピールすることでもあり、名前を覚えてもらい、その分野で存在感を維持することにつながるからです。
【白金クラスター分子の基礎研究から実用化研究まで、学生時代の大きな成果。】
田中さんは真島研究室時代に、学術論文8報(うち筆頭5報)、学協会における賞3件、特許出願7件など、素晴らしい成果をあげています。それらはどのような研究によるものか、具体的な研究内容を教えてください。
研究テーマは「金属クラスター分子の合成と集積化に関する研究」です。私の研究は学術の追究と、実用化に向けた研究という両面があります。まず学術面で、白金(Pt)を含む分子を合成したり繋ぎ合わせたりして、より大きな分子をつくる研究を手掛けました。一方、自動車の排ガス浄化触媒の実用化を目指す企業との共同研究では、白金から始まり、安価なセリウム(Ce)や銅(Cu)を使ったクラスター分子の開発へと展開しました。
そもそも、金属クラスター分子を研究する目的は何ですか?
金属を含む物質というのは、金属原子を1個だけ含む分子から、インゴットのような塊まであります。その間にはさまざまな大きさの物質がありますが、たとえナノ粒子のような非常に小さい粒子でも、目的の数だけ金属原子を含むものをつくる手法は確立されていません。もしそれを開発できれば、今までにない性質を持つ新しい化合物がつくれるかもしれません。まるで錬金術のような、夢のある新領域と言えます。
田中さんが世界で初めて合成に成功した白金クラスター分子は、どのようなものですか?
過去に、白金原子が2個から4個まで含まれる分子は多数の合成例があります。しかし白金原子5個以上となると、原子数が15個、19個、9個……というように不揃いな混合物しかできませんでした。
そこで私は、白金原子4個の正方形白金クラスターを単位として、ジカルボン酸を使って繋ぎ合わせる新しい合成法を開発しました。しかし問題は、連結点が4か所あるため、原子数が4個、8個、12個……というように4の倍数個の混合物となってしまう点です。そこで、キャップとなる分子を設計して連結点を2か所に絞り、ジカルボン酸と反応させました。これにより、正方形白金クラスターを2つ繋げた二量体、つまり白金原子が8個含まれる分子を選択的に合成することに初めて成功しています。
その手法を使い、もっと大きな白金クラスター分子も合成できるのですか?
できます。フェロセンジカルボン酸という鉄(Fe)の入った特殊なジカルボン酸を使うと、反応に使用する溶媒を変えるだけで、生成する化合物の大きさを変えられることを発見しました。これにより、正方形白金クラスターの四量体の合成に成功し、そのX線結晶構造解析にも成功しています。四量体ですから白金原子が16個、さらにフェロセンジカルボン酸に鉄原子が4個入っています。これは、白金を含む分子としては史上最大の遷移金属原子数(20個)となります。
次に企業との共同研究について伺いたいのですが、これも白金に関する研究ですか?
そうです。自動車の排ガス浄化触媒は、担体と呼ばれる金属酸化物の上に白金粒子を乗せるのですが、焼成により粒子がくっついて塊になってしまう問題を抱えていました。
そこで、白金ナノ粒子を、担体に分散して乗せる新しい方法を開発しました。試行錯誤の末に辿り着いたのは、白金分子の周りに水酸基をうまく配置し、担体表面の水酸基と水素結合させる方法です。混ぜるだけで自然と担体表面に分散して吸着されるうえ、焼成すれば有機物が飛んで白金の粒子だけが残ります。これにより、1ナノメートル以下の白金ナノ粒子の簡便な調整法を、世界で初めて確立しました。
ここで得たノウハウを白金以外の金属に活用しようと、セリウムのクラスターの開発にシフトし、現在も真島研究室の後輩達が研究を続けています。
【産総研のポスドク時代、「HOPEミーティング」で世界の若手研究者と交流。】
大学院修了後の進路については、どのように考えていましたか?
実は、修士課程の頃から産総研を意識していました。真島教授が佐藤一彦センター長と知り合いで、私に産総研を紹介してくださったのがきっかけです。学術の追求と実用化に向けた研究の両方ができる産総研は、まさに私が求める環境でした。博士課程に進学した大きな理由も、産総研で研究職に就くには博士号が必要だったからです。
願いが叶って第一希望の産総研に入所することができ、昨年4月からケイ素チーム、10月以降は革新的酸化チームに所属して研究をしています。
入所初年度のポスドク時代に日本学術振興会主催の「HOPEミーティング」に参加されたそうですが、これはどのような会ですか?
アジア・太平洋地域の大学院生やポスドクなど約100人が選抜され、講演、グループディスカッション、ポスター発表などさまざまなプログラムを通して交流する会です。6人ものノーベル賞受賞者がご講演くださり、さらにノーベル賞を選考するスウェーデン王立科学アカデミーの前事務総長が、選考方法や受賞の傾向などをご講演くださいました。自然科学全般の研究者が集まるため、専門外の幅広い分野の話が聞けたことは良い刺激となりました。会場のホテルに1週間ほど缶詰になって行われ、最後にお土産としてノーベル賞のメダルのレプリカをいただきました。
「ノーベル賞を目指してください」ということですね。
もちろんそうです。
【産総研での新たなテーマは、エポキシ化合物のクリーンで安価な合成。】
触媒化学融合研究センターでは、具体的にどのような研究をしていますか。学生時代の研究と関連性は強いですか?
分子触媒という大きなくくりでは学生時代と共通していますが、完全に同じ研究ではありません。学生時代に手掛けた白金クラスター分子は環境浄化触媒、それに対し革新的酸化チームのテーマは、新しい機能を持った材料をよりクリーンな製法でつくる触媒の研究です。
具体的な研究内容は、エポキシ化合物の新しい合成法の開発です。オレフィンに酸素(O)を1個つけてエポキシ化合物をつくりますが、従来は製造過程で有機過酸化物(ROOH)や塩素(Cl)が使われていました。しかしそれらではなく過酸化水素(H2O2)を使えば、副生成物が水だけとなり非常にクリーンに合成できます。さらに、現在はタングステン(W)を金属触媒として使っていますが、高価なレアメタルであることが問題でした。そこで私は、鉄や銅など安くて手に入りやすい金属を触媒とし、過酸化水素で酸化してエポキシ化合物を合成する研究に取り組んでいるところです。
今後、挑戦したいテーマは何ですか?
一つは現在の研究を発展させ、酸化剤として過酸化水素の替わりに酸素を使うことです。過酸化水素は安価ですが、濃度が高いと爆発する危険があります。もし空気中の酸素を使えれば、コスト面でも安全面でも最も理想的と言えるでしょう。これは非常に挑戦的なテーマで、ゴールは遥か遠い先です。
もう一つは、クリーンな酸化反応を使ってエポキシ以外の機能性材料をつくることです。現時点で、酸化反応でつくる最も産業に貢献できる材料は、やはりエポキシです。しかしそれにこだわらず、たとえばアルカンから直接アルコール(OH化合物)をつくり、薬の原料にする。将来的には、そうした方向にも展開していければと思います。
【研究途上で新しいテーマを発見しながら、オリジナルな基礎研究を実用化につなげたい。】
これから先、どのような研究者になりたいですか?
できるだけ長期間、自分の手を動かして実験に携わりたいですね。オリジナリティのある新しいテーマは、実験の中から生まれるものです。研究の過程で思いがけない発見を見逃さず、それを新たな基礎研究のテーマとして展開し、最終的には実用化につなげる。産総研に入った以上は、自分のオリジナルな研究を確立し、実用化までこぎつけたいと考えています。
社会を変えるような、インパクトのある成果を出したいという野心はありますか?
そういうことを成し遂げたいという気持ちは、頭の片隅に置いています。でも普段はあまり意識せず、目の前のことを一生懸命するようにしています。短いスパンで小さな目標を設定し、それを達成して、また次の目標を設定し……と繰り返しながらモチベーションを保っていくことが大切ではないでしょうか。
いま、一番目の前にある目標はなんですか?
産総研の若手研究者は、まず5年間の任期付き試験をクリアしなければなりません。いま頑張らなければ、研究者として生き残る云々という話もしていられないわけです。その試験を楽々クリアして、その後は自分の研究途上で新しいテーマを見つけながら、オリジナルな研究をしていきたいと思っています。
(聞き手・文=太田恵子)